経済学の重要な概念に、代替財・補完財がある。米とパン、ウイスキーと焼酎のように、財Aの価格が上昇(下落)すると財Bの需要が増加(減少)する場合、財Bは財Aの代替品であると言う。パンとジャム、ウイスキーと炭酸水のように、財Aの価格が上昇(下落)すると財Bの需要が減少(増加)する場合、財Bは財Aの補完財であるという。平たく言うと、代替品は敵、補完財は味方である。
企業は、自社・他社の商品が代替財であるか、補完財であるかを意識してマーケティングを展開することが大切だ。代替財では、牛丼チェーンがすき焼きのような本格メニューを提供してうどんチェーンから顧客を奪うなど、代替財の需要を取り込んだり、代替財への需要のシフトを防いだりする。補完財では、食品スーパーが鍋つゆと白滝を同じコーナーに陳列するなど、顧客の利便性をアップさせる。
ただ、近年、代替品なのか、補完財なのかわかりにくいケースが増えているように思う。たとえば、既存の新聞にとって、インターネットのニュース配信サイトは、常識的には代替品である。しかし、日経新聞などは、自社のニュースサイトや電子版を充実させて、読者の利便性を高めようとしている。(効果はさておき)日経新聞は紙の新聞とインターネットを補完財と考えているように見える。
個人的に注目しているのは、音楽業界だ。近年、アマゾンやアップルのiTuneなどを通してプロのミュージシャンの演奏を手軽に購入できるようになった。YouTubeなら、ただで視聴できる。居ながらにして安価あるいはタダで音楽を楽しめるアマゾンやYouTubeは、ライブハウスやコンサートにとって代替財で、重大な脅威だと思われた。しかし、実際はどうか。
2000年以降、アマゾンやYouTubeなどで楽曲を購入・ダウンロードし、通勤・通学などちょっとした時間に音楽を楽しむという習慣が広がった。音楽ファンのすそ野が広がると、「生で演奏を聴いてみたい」「ミュージシャンに会ってみたい」という発展的なニーズが生まれ、ライブやコンサートに足を運ぶようになる。つまり、アマゾン・YouTubeとライブやコンサートは代替財でなく、補完財なのだ。
念のため一般社団法人コンサートプロモーターズ協会の調査を確認したところ、協会会員企業が主催する公演の入場者数は、バブル期から2002年まで1,300~1,700万人だったのが、2003年から急増し、2016年には4,768万人に達している(http://www.acpc.or.jp/marketing/transition/)。「AKBとかがヒットしただけのことだろ」と思われるかもしれないが、AKBが活動を開始したのは2005年で、それ以前に急増が始まっており、上記の仮説が正しいと考えて良いだろう。
この音楽業界の例や最近「笑点」と寄席が相乗的に盛り上がっているように、補完財が相乗効果を生むところに大きなビジネスチャンスがあると考えられる。企業は、常識に捉われず、自社の商品と関連する未開拓の補完財を探し出す必要がある。
もちろん、ビジネスチャンスが常に成功をもたらすとは限らない。同じライブでも、AKBのように大成功する場合もあれば、ジャズのように低迷しているものもある。成功と失敗の違いは、補完効果(相乗効果)を促す仕掛けがあるか、補完財であるアマゾン・YouTubeでは味わえない、ライブやコンサートならではの魅力を提供できているか、の2点であろう。
その点AKBは、劇場から始まって、インターネット配信・テレビ・パチンコなど多彩なメディアミックスを展開している。そもそも、「会いに行けるアイドル」というコンセントが、補完財にない臨場感をアピールする上で秀逸だ。
逆に、私が大好きなジャズは、問題が多い。アメリカでは、(ジャズではないが)Piano GuysがYouTubeを発端に大ブレークしたのに対し、日本のジャズ・ミュージシャンは、「聴きたい人が聴いてくれれば良い」ということでメディアミックスに熱心ではない。ジャズ特有のアドリブとシットイン(客の飛び入り演奏)は、まさに臨場感そのもののはずだが、お客さんにあまりアピールできていないようだ。
時代のキーワードは補完財である。企業は、未開拓の補完関係を探す、補完財との相乗効果を促す、補完財にはない商品の魅力を高める、というマーケティング努力が必要だろう。
(日沖健、2017年5月22日)