複合経営の論点

 

大企業でコンサルティングや幹部研修をすると、グループ経営のあり方がよく問題になる。日本では、総合電機・総合商社など多角的に事業展開している大企業が数多くあり、近年、各社ともグループ経営の改善・強化に取り組んでいる。具体的には、持ち株会社化するべきかどうかという組織形態やシナジー効果を生むためにどう組織運営するべきかという部門間連携などがコンサルティングのテーマになる。

 

ただ、そうした具体的・技術的なテーマの前に、複数の事業を多角的に展開する複合経営が良いのかどうか、というそもそもの論点がある。

 

複合経営の総合電機や総合商社は、戦後長く経済大国ニッポンの象徴だったが、1990年代以降すっかり凋落してしまった(総合商社は資源投資会社として復活したが)。一方、グーグル・フェイスブックなど近年躍進しているアメリカのIT企業は、専業のまま世界的な企業になっている。さまざまな事業を手掛けるコングロマリット(複合企業)の株式時価総額が、個々の事業の価値を合算した額に比べ割安になる“コングロマリット・ディスカウント”がよく指摘される通り、韓国や一部の新興国を除いて世界的に複合経営は専業と比べて旗色が悪い。

 

ところが、当の大企業の幹部社員に複合経営の是非を訊ねると、「複合経営の方が良い」「このまま続けるべき」という肯定的な意見をよく聞く。複合経営の問題点を解決しようという改善提案は出てくるものの、「複合経営から脱却しよう」という否定的な意見はほとんど耳にしない。

 

複合経営を支持する理由として、次のような指摘が上がる。

 

  シナジー効果(≒範囲の経済)でコストが低減する

 

  事業ごとに好不調のサイクルが違うので、リスク分散で会社全体の収益が安定する

 

  グループ内で経営資源を再配分し、最適化しやすい

 

一つ一つはもっともなのだが、気になるのは、①②③いずれも自社内部の内向きの話だという点だ。シナジー効果も、収益の安定も、経営資源の配分も3Cで言うとCompany(自社)に関する効果である。他の2つのC、Customer(顧客)やCompetitor(競合)には直接は関係がない。

 

複合経営が良いかどうかは、最終的には自社の価値が高まるか、それともコングロマリット・、ディスカウントになってしまうか、で判断できる。自社のコストを低下させる効果はもちろん大切だが、企業の長期的な発展は、顧客からの支持や競合と比較した優位性で決まってくる。複合経営によって顧客から見た商品の魅力やブランドの価値が高まるか、競合から見た脅威が増すか、という点がより重要だ。

 

たとえば、セコムは、祖業の警備保障だけでなく、通信・防災・地理情報システムなどの事業を多角的に展開している。そのセコムがこれらの事業のノウハウを結集して地域を丸ごと安全管理する「タウンセキュリティ」を本格展開すると、顧客にとって魅力的だし、ほぼ警備保障専業であるALSOKなど競合にとっては深刻な脅威になる。

 

近年、世界的に複合経営が劣勢なのは、おそらく複合経営による低コストや安定性よりも、専業経営による尖った技術・商品の方が顧客に支持され、競合にとって脅威になっているのだろう。

 

もちろん、GEやサムスンのように、複合経営で成功している企業もあり、一概に複合経営が悪いわけではない。複合経営と専業のどちらが良いかは、業種・経営状態・目指すビジョンなどによって異なるので、個別に判断するしかない。

 

残念ながら多くの大企業では、複合経営のプラス・マイナスを総合的に比較検討することなく、パッと目についたメリットだけに着目して複合経営を選択しているようだ。というより、既存の経営を続けることが前提になっていて、複合経営の良し悪しを真剣に検討していないのではないだろうか。複合経営を続けるにせよ、脱却するにせよ、自社の現状と将来を直視し、真剣に議論することを期待したいものである。

 

(日沖健、2017年5月15日)