“俺って天才”と思うなかれ

 

先々週、先週と中小企業大学校で実習インストラクター養成研修の講師をした。企業に経営技法を教える人(中小企業診断士)に教え方を教える人(中小企業診断士養成課程で行われる企業実習のインストラクター)に教え方の教え方を教えるという役割だ。研修には、中小企業大学校だけでなく、東洋大学・法政大学・日本生産性本部・中部産業連盟など全国の登録養成機関から受講生が参加している。受講者といっても、全員が中小企業診断士の資格を持ち、大半は経験豊富な独立コンサルタントやMBAホルダーだ。

 

細かい研修内容はもちろんここでお伝えできないが、3日間の研修の最後に受講者の皆さんにお伝えしている言葉が、表題の「“俺って天才”と思うなかれ」である。

 

研修講師の仕事を長くしていると、研修がうまく行って受講者が大満足という場合もあれば、うまく行かず受講者から「つまらなかった」「時間・金の無駄だった」と酷評される場合もある。たまに「私の研修は常に受講者満足度が100%」と豪語する講師がいるが、宣伝のために嘘をついているか、経験が浅く今のところ幸運に恵まれているのだろう。

 

企業勤務から独立して研修講師の仕事を始めた最初のころ、3回ほど続けて研修がうまく行った。私は、まだ大した人生経験がない30代半ば、しかも石油会社での勤務経験しかなかったので、まったく畑違いの研修講師業務が思いのほかうまく行ったことで、「俺って天才?」と有頂天になった。ところが、その後経験を重ねると、うまく行かない場面がちらほら出てきた。「どうした天才?」と焦る。

 

うまく行かなかったら、当然コンサルタントの習性で原因を調べる。ところがコンサルタントは、他人の問題点を分析するのは得意だが、自分の問題点を分析するのは意外と苦手だ。私も例に漏れず、「あの時のあの教え方が悪かったかな?」「研修プログラムが受講者の関心に合っていなかったかな?」などとあれこれ考えるが、同じプログラムで同じように教えてもうまく行ったり、行かなかったりで、なかなか答えが見つからない。

 

2年くらい経って、ようやく原因がつかめた。うまく行くのは、選抜型リーダー研修、手上げ参加の研修のように、受講者のレベルと意欲が高い場合だ。逆にうまく行かないのは、必須受講の研修(上司から「行け」と命令されて嫌々受講)や若手を対象にした研修など、受講者のレベルと意欲が低い場合である。なんのことはない。私の教え方の良し悪しではなく、受講者に恵まれているかどうかが成否の分岐点だったのだ。

 

それ以来、研修がうまく行ったら、「俺って天才?」と思わず、受講者に恵まれたおかげだと感謝するようになった。問題は、うまく行かなかった場合だ。「受講者が低レベルだったから今回はダメでした」と切り捨てていては進歩がないので、そういう状況で受講者の興味・関心を引き出すなど適切な対応をとれたかどうか、厳しく確認することにしている。うまく行ったら受講者に恵まれたおかげ、うまく行かなかったら講師の力量不足なのだ。

 

研修講師というやや特殊な職業の話をしたが、以上のことはビジネスで一般的に当てはまるだろう。少し業績が上向くと有頂天になってマスコミに出て成功体験を語る経営者がたまにいるが、優秀な従業員が頑張ったおかげかもしれない。あるいは、たまたま神風が吹いただけということもあろう。営業担当者が営業活動で成果を上げると「俺って天才セールスマン?」と思ったりするが、顧客や製品に恵まれているだけではないだろうか。

 

冒頭の実習インストラクター養成研修に話を戻そう。私はこの研修の講師をかれこれ10年ほど担当しているが、毎年、数々担当している研修の中で最もうまく行く。理由は上記の通りだ。そして、毎年、私自身が最も楽しみにしている研修でもある。多彩な受講者から色々な意見を聞き、体験や悩みを共有することで、教えながら学ぶことができるからだ。

 

かつて福沢諭吉は、「半学半教」を唱えた。先生と生徒という垣根を外してお互いが教え合い、学び合うべき、という意味だ。実習インストラクター養成研修は、まさに私にとって「半学半教」の場になっている。この研修だけでなく、こうした発展的な学習の場を世の中に広げていきたいと思っている。

 

(日沖健、2018年4月24日)