研修やセミナー、大学院の講義など、たくさんの人の前で話す機会をいただいている。世の中にはあがり症で困っている人が多いらしく、受講者や学生から「日沖さんはあがったりしないんですか?」「あがらずに済む良い方法があったら教えてください」とよく聞かれる。
私はその道の専門家ではないのだが、日ごろ心がけていることや大切だと思っていることを紹介しよう。
まず、あがり症の原因について少し考えてみたい。あがり症とは、人前で話したりときに極度に緊張して、うまく話せなくなったり、手足に汗をかいたり、赤面する状態だ。私の場合、さすがに15年もコンサルタントをしていると緊張することは少ないのだが、たまに緊張することがある。それは例外なく、事前準備が不足した状態で本番を迎えたときだ。準備不足のことや過去に経験ないことには不安を感じ、緊張する。
したがって、あがり症を克服するには、不安を取り除いてあげれば良いということになる。
第1に、何と言っても事前準備だ。事前準備をしっかりしていれば、極度に緊張することはない。かなりあがり症だという人でも真っ直ぐ歩くことくらいはできるだろう。これは、幼少の頃から繰り返し真っ直ぐ歩くことを繰り返してきたから。真っ直ぐ歩くのと同じくらいになるまで繰り返し練習すれば、怖いものなしだ。
第2に、成功のイメージを持ち、自己暗示をかけることだ。たとえば、プレゼンを成功させて拍手喝采を浴びている自分の姿をイメージし、「絶対にできる!」と口に出して繰り返す。文字に書き出すとさらに良い。もちろん、あまりにも非現実的なイメージだと逆効果だが、「終了後、参加者から一言感謝の声をいただく」というくらいのイメージなら確実に効果がある。
第3に、多数の人を相手にしゃべる場合、好意的そうな人を見てしゃべると良い。たくさんの人の中には、一人くらい自分に対して好意的な人もいるものだ。そういう人を見てしゃべると、自分のことを認めてもらえたという自信を持てて、落ち着いてしゃべることができる。
この他、腹式呼吸をすると、気持ちが落ち着く。腹式呼吸は、4秒くらいかけてゆっくり息を吸い込み、4秒くらい息を止めて、8秒くらいかけてゆっくり吐き出すという呼吸法だ。以上の対策はいずれも実に簡単な方法で、効果が大きい。あがり症を自覚している方は、試してみると良いだろう。
ただ、中小企業大学校・中小企業診断士養成課程などの場で、経営コンサルタントを目指す皆さんには、「あがり症を気にする必要はありません。無理にリラックスしない方が良いですよ」と伝えている。
コンサルタントの世界には、あがり症とはまったく無縁という、うらやましい人がたまにいる。父親のような歳の経営者や大物政治家を相手にしても、まったく緊張した様子を見せず、自信満々で立て板に水を流すように淀みなくプレゼンする。本人は「どうだ、俺って凄いだろ!」というわけだが、これはいかがなものだろうか。
当たり前だが、経営者は、企業経営や人生そのものについて、コンサルタントよりもはるかに多くの経験を持っている。自社の経営課題について、コンサルタントよりもはるかに熟知している。自分より経営経験も人生経験も情報もないコンサルタントから自信満々でプレゼンされたら、どう思うだろう。「スゴイ!」と感心するよりも、「虚勢を張る不誠実な人物」「胡散臭いヤツ」と反発する経営者の方が多いのではないだろうか。
一方で、緊張し、汗をかきかき、クライアントの将来に向けた提案をとつとつと語るコンサルタントがいる。本人にとってはまさに試練の場だが、経営者から見たらどうか。雄弁なコンサルタントよりも、あがり症のコンサルタントの方が、はるかに好感度が高いはずだ。
残念ながらあがり症を克服するコツはない。しかし、自分があがっているかどうか、他人はほとんど気にしていないという事実はぜひ知ってほしいものである。
(日沖健、2017年1月23日)