トランプ大統領は“Trump is a tramp”となるか?

 

今週20日、いよいよトランプ大統領が誕生する。政治経験の乏しさと過激な主張から、トランプ候補には立候補当初から不安が付きまとっていた。当選後、市場関係者は、「過激な主張は選挙対策のリップサービスで、実際に就任したらまともになるだろう」と楽観していた。しかし、台湾政策や自動車会社への恫喝を見る限り、まともになる気配はまったくない。今さらながら、「アメリカ国民は、どうしてトランプさんを選んじゃったの?」と思わずいられない。

 

昨年11月の大統領選の投票結果を州ごとに分析すると、非常に興味深い事実が浮かび上がる。

 

アメリカの世帯収入は平均55,775ドルで(米国Census Bureau)、それを上回る豊かな21州で、トランプ候補は4勝17敗(クリントン候補は17勝4敗)、それを下回る貧しい30州で、トランプ候補は26勝4敗(クリントン候補は4勝26敗)だった。とくに、収入が32位のアリゾナ州から最下位51位のミシシッピ州までの下位20州のうち、メキシコ移民が多いニューメキシコ州(46位)を除く19州でトランプ候補が勝利した。

 

トランプ大統領の勝因については色々な分析が行われているが、このデータを見る限り、豊かな米国民は現状維持を望んでクリントン候補に投票し、貧しい米国民は現状打破を期待してトランプ候補に投票した。トランプ大統領は、所得格差に不満を持ち、「現状を変えたい、(既得権益を象徴する)クリントン以外なら誰でもいい」と考えた低所得層の熱烈な支持によって誕生したのだ。

 

では、実際にトランプ大統領は、格差に不満を持つ低所得層にとって救世主になるのだろうか。トランプ大統領の政策には不透明な部分が多いが、もし公約通り“アメリカ・ファースト”を実行したら、救世主どころか、死刑執行人になってしまうことだろう。

 

アメリカは、生活必需品をメキシコや中国からの輸入に頼っているので、輸入品に高率の関税・国境税を課したら、米国内の物価はたちまち急上昇する。移民の制限も、賃金コストの上昇でインフレ圧力になる。インフレは、株や土地を保有する富裕層にはむしろプラスに働くが、低所得層には生活必需品の値上がりが大打撃になる。

 

つまり、“アメリカ・ファースト”によって、アメリカの低所得層はいよいよ没落し、物価上昇の恩恵を受ける富裕層との格差は逆に広がってしまうのだ。低所得層が自分たちの首を絞めるトランプ大統領を誕生させてしまったのは、何とも皮肉な話である。

 

トランプ大統領が就任し、米国経済や格差問題は今後どう進展するだろうか。

 

就任後しばらくは、トランプ大統領が格差を是正してくれるという幻想が維持される。しかし、やがてドル高や賃金コストの上昇によって企業業績が悪化し、インフレによって国民の実質所得が減少する。早ければ、いわゆる“ハネムーン期間”が終わる今年夏にも、格差を拡大させるトランプ大統領への不満が高まり、トランプ大統領は“アメリカ・ファースト”を撤回せざるを得なくなる可能性がある。

 

繰り返すが、トランプ大統領の政策はまったく不透明なので、今後どうなるかはわからない。ただ、投資家や企業経営者は、色々なケースを想定して対処する必要がある。

 

  “アメリカ・ファースト”政策を実行し、景気は悪化。上記の通り、格差への米国民の不満がさらに高まる

 

  “アメリカ・ファースト”政策を引っ込め(もちろん口では言い続けるだろうが)、規制緩和や減税など良い政策(いわゆる“良いトランプ”)だけを実行。それがうまく行き、経済は順調に成長。経済の底上げで格差論議は下火に。

 

  “アメリカ・ファースト”政策を引っ込めるものの、規制緩和や減税などもうまく行かず、景気はやや上向きを維持。格差は縮小せず、不満がくすぶり続ける。

 

現在、株式市場は世界的に②を信じ切ってお祭り騒ぎだが、現実的なのは③である。ただ、①による大混乱のリスクも無視できない。個人的には、①が30%、②が20%、③が50%と見ている。

 

私が大好きなジャズ(元々はミュージカル)の名曲「The lady is a tramp.」の邦題は「レディーは気まぐれ」。気まぐれ者(tramp)のトランプ(Trump)大統領が豹変して②に宗旨替えし、「Trump is a tramp.」となることを期待したい。

 

(日沖健、2017年1月16日)