QとDのどちらを優先すべきか

 

研修やセミナーで講師を務める機会をたくさんいただいている。参加者のニーズに合った内容を提供して満足いただくことが最も重要なのだが、それ以外で強く心がけているのは、決められた時間内に終了することだ。原則として5分前くらいに終わるよう時間管理している。ときおり、予定していた内容を伝えきれず、やむなくタイムアップにすることもある。

 

ただ、世間では、私と違った考え方をする講師が多いようだ。

 

先日、知り合いのコンサルタントが講師を務めるセミナーに参加した。予定の終了時間になっても終わる気配がなく、ペースアップすることなく講義を続け、結局、約20分オーバーで終了した。終了後、その講師に時間オーバーの理由を訊ねると、次のように説明してくれた。

 

「時間を守ることが大切ですか、受講者に良いものを提供することが大切ですか。天秤に掛ければ、当然、後者ですよね。受講者の学習理解が低いとか、もっと話を聞きたいという要望があったら、延長するのが当然ではないでしょうか。そもそも時間単位で報酬をもらっている以上、持ち時間を余して終わることはありえません。」

 

簡単に言うと、QCD(QualityCostDelivery)のうちQ(品質)とD(納期)が対立したらQを優先しましょう、というわけだ。

 

実は私も、この商売を始めた当初はQを優先していた。受講者から講義中に質問が来たときや受講者の学習理解度が低いときなど、時間を延長して熱弁をふるった。それが受講者のためになると信じていた。

 

ところが、時間延長によって受講者の満足度が高まるどころか、逆に低下することが多かった。時間延長したときの受講者アンケートでは、次のような酷評をたくさんいただいた。

 

「終了後にアポがあったので、延長は大迷惑だった」

 

「時間管理が悪く、講師の能力に疑問を感じた」

 

おそらく受講者は、「そろそろ終わるかな」と思ったところに延長されて、「なんだ畜生、こっちにも予定があるんだ」と態度を硬化させたのだろう。こういう状態で受講者は、いくら素晴らしい話を聞かされても、頭に入らない。また、人は信頼できる相手の話しか真剣に聞かないので、いったん「時間管理ができないダメ講師」という印象を持つと、一切の学習を拒絶してしまう。QとDがトレードオフ(二律背反)でなく、共倒れになっていたのだ。

 

もちろん、時間延長する昔の私を「熱意があって素晴らしい!」と高く評価し、さっさと時間通りに切り上げる今の私を「やる気のないダメ講師」と批判する受講者も多いだろう。どちらが絶対的に正しいとは言えない。ただ、個人的には、時間延長という行為は、講師側の「俺様の有り難い話しをもっと聞け」という論理で、真に顧客志向ではないように思うのだ。

 

ビジネスの現場でも、QとDが対立する場面がよくある。プレゼンテーションを今日中に仕上げなければいけないが、良いものを仕上げるにはあと2日かかりそうだ。会議の終了時間が迫っているが、話が盛り上がっているし、もう少し続けた方が良さそうだ・・・。

 

日本企業は、QとDが対立したら、たいていQを優先する。そもそもQはあっても、Dが眼中にないという場合が多い。しかし、講師業だけでなく、企業の現場でも。QとDがトレードオフでなく、共倒れ状態になっていることが意外と多いのではないだろうか。

 

今年は、安倍首相の提唱で同一労働同一賃金の議論が盛り上がった。電通での過労自殺が社会問題になるなど、働き方が注目を集めた。また、日本は労働生産性が先進国で最低レベルであることが広く知られるようになった。日本の労働者の働き方にはさまざまな問題があるのだが、問題の背景に「Q重視・D軽視」という文化が横たわっているように思うのである。

 

(日沖健、2016年12月26日)