トランプ次期米大統領の台湾に関する言動が波紋を呼んでいる。トランプ次期大統領は今月2日、アメリカが台湾との外交関係を断絶した1979年以来の前例を破って、蔡英文総統と電話会談を行った。4日には、中国の南シナ海での人工島造成などを厳しく批判した。さらに11日、台湾が中国の一部であるする“1つの中国”の原則について、「どうして“1つの中国”に縛られなければいけないのか分からない」と疑問を投げ掛けた。
これら一連のトランプ次期大統領の言動に中国は猛反発し、にわかに米中関係が緊迫してきた。今後の両大国の動向が注目され、懸念されるところだ。
日本人は中国が嫌いなので、ネットでは「いいぞ、トランプさん、もっとやれ! 中国を徹底的に懲らしめろ!」という意見が目立つ。ネット世論はともかく、市場関係者の間でも、「米中対立で、中国の対米輸出が減り、アメリカの対中投資が減れば、中国の経済力が弱まる。中国が沈めば、相対的に世界経済・アジア地域における日本のプレゼンスが上がる」と真顔で米中対立による日本のメリットを語る人がいる。
しかし、米中対立によって日本が“漁夫の利”を得ることは考えにくい。それどころか、破滅的な事態に陥る危険性がある。
まず、真っ先に懸念されるのは、中国が南シナ海や沖縄海域での軍事的挑発をエスカレートさせることだ。中国が核兵器の搭載可能なH6爆撃機を南シナ海上空に派遣したという。また、南シナ海の国際水域で中国海軍艇が米国の海洋調査用ドローン1基を拿捕した。これらは明らかに、トランプ次期大統領に対する抗議・けん制である。
こうした中国の挑発に、日本は無関係でいられるのか。10日には、中国空軍機6機が沖縄本島と宮古島の間の公海上空を通過し、航空自衛隊の戦闘機が緊急発進するという事件があった。日本では、「ああ、また中国が騒いでるな」という程度の受け止めだが、タイミング的に米中関係の緊迫化と関連した挑発と見るべきだろう。
トランプ次期大統領が挑発を止めない限り、中国は今後もアメリカの同盟国である日本に対し執拗に挑発を続けるだろう。挑発が挑発のままで終われば良いのだが、技量の低い中国空軍機が自衛隊機と接触し、交戦状態に発展する不測の事態が起こらないとは限らない。
経済面でも、米中対立は日米中すべての国にマイナスだ。
まず、アメリカが中国からの輸入を閉ざせば、消費財の多くを中国から輸入している米国の消費者物価が急上昇し、米国経済は減速する。リーマンショックを思い起こすまでもなく、超大国アメリカの景気が減速したら、日本経済が無傷でいられるはずがない。
中国側の打撃も大きく、その影響は日本にも波及する。中国の対米輸出とアメリカによる対中投資が減少すれば、中国の経済成長は確実にストップする。中国の成長が止まったら、日本から中国への生産財の輸出が減る。中国に進出している日本企業は打撃を受ける。中国からの訪日観光客も減る。
中国の没落で、日本人の虚栄心は満たされるかもしれない。一瞬、日本の相対的な地位は上がるかもしれない。しかし、中長期的に見ると、安全保障面でも、経済面でも、米中対立が日本にとって大きな災いになるのは確実だ。
最善のシナリオは、就任後のトランプ大統領が心変わりして、中国との関係改善に努め、事態が鎮静化することだ。今は就任前の気軽さで思ったことを言っているだけで、来年大統領に就任したら無茶なことをしないだろうと、世界はこの最善シナリオを信じ、楽観視している。
ただ、最悪のシナリオも想定しておく必要がある。もちろん最悪シナリオは、米中が実際に軍事衝突することだ。現時点ではさすがに可能性は低いが、最近の南シナ海情勢の緊迫化を見ると、あながち空想と片付けられない。
また、日本にとってのセカンド・ワースト・シナリオは、米中対立がやがて米日と中国の対立にすりかわり、就任後のトランプ大統領が中国との関係改善に舵を切り、日中対立だけが残ってしまうことだ。まさか、実は日本も中国も大嫌いなトランプ次期大統領が日中を全面対決させて“漁夫の利”を得ようと企んでいることはないと信じたいのだが・・・。
現在、トランプ大統領の経済政策への期待で、日米とも株式市場はお祭り騒ぎだ。祭りの中でも、最悪のシナリオを想定する冷静さを保ちたいものである。
(日沖健、2016年12月19日)