11月9日に開票された米大統領選で、不動産王のドナルド・トランプが前国務長官のヒラリー・クリントンを破って当選した。クリントンのメール問題の影響で接戦を予想する声はあったものの、開票が進むまでクリントン優勢の声が圧倒的で、大方の予想が裏切られた形だ。このショックで東京市場では、一気に円高・株安が進んだ。
その日の報道番組では、前日まで「クリントンで決まり」と断言していたコメンテーターが、「実はアメリカでは“隠れトランプ・ファン”が多かったんです」「日本人が考える以上にクリントンへの反発が強かったのです」などと何食わぬ顔で後講釈していた。
さらに、9日の午後から夜にかけて、今後の市場への影響について「日経平均は14000円まで暴落する」「1ドル90円くらいまで円高が進む」「市場の混乱はトランプ大統領が誕生する来年まで長引く」といった市場関係者の悲観論が並んだ。しかし、何のことはなく、株価も為替も翌10日に選挙前の水準を回復し、逆に円安・株高が進んだ。専門家は、1日で2度も大間違いを犯した格好だ。
米大統領選だけではない。思い起こせば、6月に行われたイギリスのEU離脱を巡る国民投票でも、開票が進むまで専門家は「EU残留で決まり」と報じていた。よくもまあ、こんな重要なことを何度も見事に大外しできるものだ、と逆に感心してしまう。
米大統領選では高校の同級生のY女史が報道番組のコメンテーターとして大活躍し、しかも非常に的確なコメントをしているので、やや躊躇するのだが、なぜ政治評論家やアナリストといった専門家・プロの予想がかくも外れてしまうのかを考えてみよう(以下は、Y女史など特定の専門家のことではなく、一般論である)。
第1に、プロといっても、意外と情報網は狭く、世論調査など公にされた数字を頼りに、受け売りの予想を披露しているのではないだろうか。私の友人のアメリカ人(白人)から先々週「俺はトランプ支持だが、公言していない。白人でトランプ支持だというと、周りから白い目で見られるからね」というメールが送られてきた。正確な予想をするには、こうしたアメリカの一般市民の生の声を入手する独自の情報ルートが必要だが、国内で活動する自称プロたちは情報ルートを持っていなさそうだ。
第2に、世の中の大局的な潮流を無視・軽視しているのではないだろうか。今回の大統領選では、民主党でサンダースが大善戦したように「既成政治への不信感」がキーワードだった。格差問題がクローズアップされ、「現状を打破したい、変えたい」という米国民の欲求は強かった。オバマ政権の継承を訴えるクリントンの政策は、こうした世の中の潮流に真っ向から対立するものだった。プロの人たちが目先の世論調査に一喜一憂せずこうした潮流を少しで考慮していれば、「最後はやっぱりクリントン」と軽々に言えなかったはずだ。
第3に、プロの人たちは予想を当てることよりも、予想がテレビの視聴者や新聞・雑誌の読者に受けることを重視しているのではないだろうか。テレビ番組のコメンテーターは、まずテレビに出演させてもらうことが大切なので、受けが悪いマニアックな独自の予想よりも、大衆受けをするわかりやすい予想をする。今回の場合、日本国民は過激な日本叩きをするトランプに大統領になってほしくないと思っていたので、プロはそういう大衆心理に迎合して「クリントン有利」と予想した可能性がある。
ところで、評論家やアナリストのコメントを真剣に聞いている人は少ないから、予想が外れてもそれほど害はない。しかし、政治家や企業経営者は、予想を語ることについて慎重であるべきだ。
政治家は世論を盛り上げるために、景気の良い未来予想をぶち上げることがある。経営者は、従業員を鼓舞し、株主の期待を高めるために、遠大な夢を語ることがある。それ自体は大切なことだが、受け手が「この政治家・経営者は未来予想を口にしているのか、ホラを吹いているのか、真剣に考え抜いたビジョンを語っているのか」と迷うようでは困る。予想と違ってビジョンは、受け手にきちんと聞いてもらい、それを信じてついてきてもらう必要がある。「ああ、またいつものようにホラ吹いているな」と思われては困るのだ。
ホラを吹くなら吹く、ビジョンを語るなら語る、自分の発信のスタンスを明確にすることが大切だ。
(日沖健、2016年11月14日)