働き方改革と解雇規制の緩和

 

先月発足した第3次安倍改造内閣で、働き方改革担当大臣が新設された。先週9月2日、安倍首相は内閣官房に設けた「働き方改革実現推進室」の開所式で訓示し、「“モーレツ社員”の考え方が否定される日本にしていきたい」「世の中から非正規という言葉を一掃していく。長時間労働を自慢する社会を変えていく」と強調した。

 

今、なぜ働き方改革が必要なのだろうか。非正規社員が増えているからだ、女性の社会進出が進んでいるからだ、サービス残業が横行しているからだ、少子化を深刻化させているからだ、など色々なことが言われている。おそらくすべて正しいものの、最も重要なのは、日本の非効率な働き方が生産性の向上を妨げ、日本経済を長期に渡って低迷させているからだろう。

 

よく「日本の現場は強い!」と言われるが、現実には自動車などごく一部の業種を除いて、日本企業の生産性は、アメリカなど先進国の企業に大きく見劣りする。日本の労働者は、他国の労働者と比べて能力が高い。にもかかわらず、無駄な業務が多く、長時間労働が常態化しているなど働き方が非効率なため、生産性では大きく見劣りする。今回、政府・企業・労働者が一体となって非効率な働き方をゼロベースで見直すことを期待したい。

 

ところで、働き方改革で生産性が上がれば、労働時間が減少し、サービス残業や休日出勤が撲滅され、労働者に多大なメリットがあると想定されている。しかし、このロジックには注意が必要だ。日本企業の労働時間が長いのは、生産性が低いことだけが理由ではないから、生産性向上の恩恵が従業員に及ぶかどうか、不透明である。

 

私が考える長時間労働の原因は、要員比マイナスの“要員割れ”で人員を実配置していることだ。通常、企業は業務遂行に必要な人員の質量を見積もって、要員計画として取りまとめ、要員計画に基づき人員を配置する。諸外国では、原則として要員計画に沿った実配置が行われるのに対し、日本では経営に余裕のある企業でも、要員数よりも実配置が少ない“要員割れ”の状態が当たり前になっている。

 

たいてい、業務には繁閑の差があり、繁閑の平均を想定して要員計画を作成する。それに対し、日本企業は、実際には閑散期でも人が余らないように最低限の人数しか実配置しない。そして、閑散期以外の時期には、残業・休日出勤で対応している。多くの日本企業で残業・休日出勤が恒常化しているのは、要員数よりも実配置が少ないからだ。

 

では、なぜ日本企業は要員計画通りに実配置しないのか。これは、一つには解雇・レイオフ(一時帰休)が困難なことによる。諸外国、たとえばアメリカでは、不況で閑散期が長引いたら、解雇・レイオフによって柔軟に雇用量を調整することができる。それに対し日本では、解雇・レイオフが事実上禁止されており、閑散期に雇用量を調整する手段がない。そのため、閑散期を標準的な状態として実配置を抑えるのだ。

 

また、日本では、残業・休日出勤の賃金割増率が低い一方、従業員を新たに採用すると福利厚生などの負担が大きい。採用し、教育訓練するには手間・コスト・時間がかかる。好況期に雇用量を増やすには、新規採用するよりも既存従業員の残業・休日出勤を増やす方がコスト面でも、手間・スピードの面でも勝手が良い。

 

つまり、サービス残業や休日出勤をなくすには、働き方を効率化するだけでなく、アメリカなど諸外国のように解雇・レイオフを可能にする必要がある。解雇・レイオフが容易になったら、企業は、不況期に余剰人員を抱え込んで人件費倒産する事態を心配しなくて良いので、安心して雇用を増やすことができる。

 

解雇・レイオフというと、労働者にとって厳しい措置だと思われるかもしれない。しかし、実際にはサービス残業や休日出勤が減少するだけでなく、正規社員の雇用が増えるので非正規雇用が減少するなど、色々な面でプラスに働く。もちろん、解雇された労働者への生活保障や能力開発支援を充実させる必要はあるのだが。

 

解雇規制の緩和については、安倍政権の経済財政諮問会議、産業競争力会議、規制改革会議において検討された。しかし、残念ながら、「解雇はけしからん」という国民の感情論に押されて立ち消えに近い状態になっている。今回、解雇規制の緩和を含めて働き方を見直すことで、日本企業の復活の第一歩としてほしいものである。

 

(日沖健、2016年9月5日)