最近、政治の世界をポピュリズムが席巻している。ポピュリズムには色々な定義があるが、政治家が大衆に迎合する政治的傾向を意味する。
イギリスでは、6月の国民投票でEU離脱が決まった。EU離脱は経済的損失が大きいにも関わらず、移民排斥などジョンソン元ロンドン市長らによるポピュリズムが支持を集めた。アメリカ大統領選でも、同じように移民排斥を訴えるトランプ氏があれよあれよという間に共和党候補の指名を獲得した。反緊縮を唱えるギリシャのチプラス政権も、典型的なポピュリズムだ。中国・ロシア・北朝鮮や中東・アフリカ諸国のような非民主的・閉鎖的な国家を除くと、世界的にポピュリズムが台頭している。
われわれ日本人は、米英など他国のことを笑えない。消費税増税が再延期されたのも、社会保障の改革がなかなか進まないのも、国民の反発を恐れた結果である。タレント議員が増長していることに象徴される通り、日本は英・米・ギリシャ以上にポピュリズムに毒されている印象だ。
「国民の総意で決めるのは民主主義そのもの。どこが悪いんだ」「結果的に正しい政策が行われれば、別にポピュリズムでもなんでも良いではないか」などとポピュリズムを擁護する意見がある。しかし、平均的な国民の感情論をそのまま政策にするのと、優秀な政治家を選んで慎重に政策を検討するのとで、どちらが優れた政策を実現できるかは、改めて論じるまでもないだろう。
近年、ポピュリズムが台頭しているのは、インターネット、とくにSNSの影響が大きい。かつて政治家以外で政治的意見を表明できるのは、新聞社・テレビ局といった大マスコミの関係者に限られた。ところがSNSの普及によって、全国民が気軽に政治的意見を表明できるようになった。選挙で政治家を選ぶ民主主義国家では、政治家がネット世論を気にせず政策を決めるのは難しい。
ポピュリズムは、消費税増税延期に見るように、どうしても短期的な利害を優先し、長期的な重要課題をないがしろにしがちだ。政治家は、ポピュリズムの弊害を丁寧に国民に説明し、ポピュリズムに左右されにくい政治システムを構築する必要がある。もちろん、こうした改革は国民の受けが悪く、政治資金問題で政治家が信用を失っている状況では、実現はかなり難しそうだ・・・。
ところで、ポピュリズムの風潮は、政治の世界だけでなく、企業経営にも確実に及んでいる。それは、経営者が株主のことを過度に意識する「株主重視経営」だ。
もともと企業は株主のものであり、株主が自分の手で経営するのが普通だった(オーナー経営者)。しかし、企業が大規模化・専門化・複雑化すると、オーナー経営者が経営するのは困難になる。そこで株主は、株の値上がりと配当を受けることに甘んじ、経営はプロの専門経営者に任せるようになる(所有と経営の分離、サラリーマン経営者)。国民が政治家に政治を委ねるのと同じく、株主は経営者に企業経営を委ねたのだ。
ところが最近、株主が企業経営について発言する動きが広がっている。かつての“シャンシャン総会”は姿を消し、経営者は総会で株主との対話に努めるようになった。株主懇談会のようなもっとフランクに対話できる場を設ける企業が増えている。IR部門は株主向けの会社説明会を充実させている。
経営者が株主と対話するのは悪いことではない。ただ、株主を意識しすぎると、どうしても短期的な視点に陥ってしまう。たとえば、配当の多寡は理論的には株主にとって損得ないが(ⅯⅯ第2命題。配当も内部留保も株主のもので、配当と内部留保の選択はお金の置き場所の違いにすぎない)、すぐ手元に現金がほしい高齢個人投資家の声を重視して配当を増やすと、内部留保が減り、将来の長期的な成長に向けた投資が抑制されてしまう。
株主は経営のプロではない。経営者に対して素人考えで妙な口出しをするよりも、企業の業績と株価をチェックし、不満なら株を売却すると良い。株を売却すると株価が下がり、警報を鳴らされた経営者は経営の問題点を反省する。株式売却が最も効率的に経営者を規律付ける、という伝統的な考え方を“ウォールストリート・ルール”と言う。昨今、ウォールストリート・ルールよりも“物言う株主”が注目を集めるが、本当に物言う株主の方が有効なのか、厳密な検証が必要ではないだろうか。
国民が政治のことを、株主が経営のことを「わかってるよ」と考えるのは、ずいぶんな思い上がりだ。政治や経営に関心を持つのは素晴らしいことだが、良い政策を決定・実行できない政治家を選挙で落選させること、業績・株価が上がらない経営者を総会でクビにすることが先だ。
国民の声で政策が決まるなら、政治家は不要だ。株主の声で経営方針が決まるなら、サラリーマン社長は不要だ。「結果が出るのをゆっくり黙って見ていてくれ!」と自信を持って言える政治家・経営者の出現に期待したいものである。
(日沖健、2016年8月29日)