7月10日投票の参院選では、安倍政権がデフレ脱却を目指して黒田日銀と二人三脚で進めてきたアベノミクスの継続か否かが争点になっている。デフレ脱却を目指して世界でも類のない空前の金融緩和に踏み切ってすでに3年以上が経っている。進むか退くかを考えても良い時期だろう。
ところで、デフレと戦うアベノミクスを戦争と捉えると、あの大東亜戦争と類似点が多いように思う。以下、類似点を紹介しよう。
① 追い詰められて逆切れ開戦。大東亜戦争は、ABCD包囲網に追い詰められて、「やるなら戦力が残っている内に」と開戦した。アベノミクスも、デフレ・円高・国際競争力の低下・財政悪化といった問題に直面し、破れかぶれで金融緩和に打って出た。
② 効果がなかった戦略をさらに拡大して実施。日本軍は、中国侵攻が行き詰まりを見せる中、東アジアなどに侵攻した。黒田総裁は、前任の白川総裁の金融緩和が効果を発揮していないのを「中途半端だったからだ」として、規模を拡大して実施した。
③ コンティンジェンシープランや停戦・終戦のプランなし。大東亜戦争では、真珠湾攻撃の後にどう終戦に持ち込むか、うまく行かなかったらどうするか、というプランがなかった。黒田総裁も、出口戦略の明示を求める市場の声に対し、3年が経っても「デフレ脱却が見えない内に出口戦略を検討するのは時期尚早」としている。
④ 短期決戦のはずがいつの間にか長期戦に。日本軍は、真珠湾攻撃でアメリカの戦意を喪失させ、短期で講和する予定だったが、ずるずると3年半以上も戦った。アベノミクスも、「2年でデフレ脱却」と高らかに宣言したが、2013年の異次元の金融緩和からかれこれ3年が過ぎている。
⑤ 身の丈を超えた戦線拡大。大東亜戦争では、国債濫発で戦費を賄い、中国に始まり東アジア・南洋・インドまで戦線を広げた。アベノミクスも、先進国最悪の財政状態を無視して、世界最大級の金融緩和を展開している。
⑥ 戦術的なサプライズを重視。戦力に劣る日本軍は、真珠湾攻撃・インパール作戦・アウトレンジ戦法など敵の裏をかくことを重視した。黒田日銀も、直前まで「検討していない」としていたマイナス金利をこの1月に導入するなど、奇策を市場関係者が予想しないタイミングで打ち出し、サプライズを与え続けている。
⑦ 戦力を逐次投入。大東亜戦争で連合艦隊は、真珠湾の基地に打撃を与えるだけでなく米太平洋艦隊を殲滅させるべきだったが、中途半端な戦力投入で最大の勝機を失った。黒田総裁は、当初「戦力の逐次投入はしない」と明言したが、2度に渡って追加緩和を実施している。
⑧ 全体主義的傾向。大東亜戦争では、「一億火の玉」を合言葉に、国家総動員法で全国民を動員して戦った。安倍政権が提唱する「一億総活躍社会」は、早期リタイヤや専業主婦を否定しており、多様な考え方を抑圧する傾向が見られる。
⑨ 針小棒大の戦果発表。大本営は、大局的な戦況は悪化しているのに、「ミンダナオ島沖で米軍機を5機撃墜」といった局地戦の戦果を過大に発表した。安倍首相も、“経済の通知表”であるGDPは悪化しているのに、非正規社員が増えたに過ぎない雇用改善を取り上げて「アベノミクスは順調」と発表している。
もちろん、類似しない点もあるのだが、これだけ類似点が多いと、アベノミクスを続けて良いのか、日本の将来は大丈夫なのか、と不安になる。最終的にデフレ脱却・経済成長・財政再建が実現すれば良いのだが、原爆投下でようやく幕を引いた大東亜戦争と同じような悲劇が繰り返されないことを切に祈る。
ところで、たまに「日沖さんは安倍政権を支持していないんですね」「(アベノミクスの失敗を喧伝する)民進党の支持者ですか」と聞かれるが、これは難しい質問だ。アベノミクスは効果が出ていないという以前に金融緩和でデフレを解消できるというロジックが間違っており、安倍政権の経済政策はまったく支持できない。ただし、民進党の分配を重視する社会主義的な政策よりはかなりマシという気がする。
しかも、経済政策はともかく、安倍政権の外交政策は高く評価できる。安倍政権はアメリカとの同盟関係を強化し、問題児の中国や北朝鮮にも冷静・的確に対応している。激動する世界情勢の中、見事なかじ取りだ。当初、安倍政権は経済再生への期待が大きく、対中強硬派として外交が懸念されていたが、まったく逆になっている。
安倍首相は参院選を「アベノミクスへの信認を問う選挙」と位置づけている。むしろサミットを含めた外交の成果で政権の信任を受け、選挙後に経済政策を一新してほしいものである。
(日沖健、2016年7月4日)