ウォーレン・バフェットは、60年以上に渡って株式投資で成功を収め、投資だけで世界一の金持ちになった。バフェットを“投資の神様”と崇め、彼の投資方法を模倣しようと試みる投資家が世界中にたくさんいる。ところが、シカゴ大学のハロルド・ポラック教授は、今年1月に出版した著書『The Index Card』の中で一般投資家に対し、「私たちはバフェットではないのだから、彼の投資手法を真似しても同じ結果は得られない」と警告し、波紋を呼んでいる。
ポラック教授は、2つの理由を指摘する。一つは、バフェットは、企業経営者との日常的な接触を通して一般投資家では得られない重要情報を入手していること。もう一つは、資金力のあるバフェットには、企業の方から破格の条件で「わが社に投資してください」と持ち掛けられることだ。このように、バフェットは一般投資家とはまったく異なる有利な土俵で戦っており、一般投資家が彼を真似ることはできない。
ポラック教授が一般投資家に勧めるのは、個別株ではなくインデックス・ファンドへの投資だ。ポラック教授は、当のバフェットが自分の子供たちに「お前たちは私ではないのだよ。私が遺す遺産は、個別企業に投資する私を真似ないで、優良株を組み合わせたファンドに投資しなさい」と話したことを紹介している。
このポラック教授の本を読んで、投資スタイルという問題についてあれこれと考えてみた。世の中の投資本には、たいてい「自分に合った投資スタイルを確立せよ」とか「カリスマ投資家の俺様のこの投資スタイルなら確実に儲かる」と書かれている。そして、個人投資家に圧倒的に人気がある投資スタイルがバフェットの「バイ・アンド・ホールド(優良企業の株を買い、長期間保有し続ける)」だ。
改めて、バフェットの投資スタイルが成功したのはなぜだろうか。ポラック教授の指摘とともにもう一つ忘れてならないのは、戦後70年間一貫してアメリカは世界の盟主で、アメリカ経済は好調で、アメリカ企業は成長し続けてきたことだ。バフェットは戦後のアメリカ企業に投資したから成功したのであって、他の投資環境でも成功するとは限らない。仮にバフェットの投資スタイルで日本株に投資したら、戦後から高度成長期、バブル期までは驚異的なパフォーマンスを上げただろうが(これで成功したのがジョン・テンプルトン)、バブル崩壊後は悲惨な結果に終わったに違いない。
ここで「絶対の投資スタイルはない」という、当たり前の原則に行きつく。投資スタイルには、大きくバリュー投資とグロース投資があり、バリュー投資は経済が低調な時、グロース投資は経済が好調なときに有効だとされる。他にも分散投資か集中投資か、短期か長期か、といったスタイルがある。どの投資スタイルにも特定の経済環境に適合・不適合があり、いついかなる状況でも通用することはない。
絶対の投資スタイルがないなら、投資家は、特定の投資スタイルに拘るか、拘らないか、という選択を迫られる。もし特定のスタイルに固執するなら、相場環境が自分のスタイルに合っているかどうかを厳しくチェックする必要がある。合っていれば良いのだが、合っていない状況なら、状況が変わるまで投資を休むべきだ。
理屈の上では、相場環境に合わせて投資スタイルを変えることも考えられる。自分のスタイルに拘らず、その時々の相場環境に合った投資スタイルを選択・実践できれば、最高の結果を得られる。ただ、問題は複数の投資スタイルに卓越するのは極めて難しいことだ。プロでも複数の投資スタイルに卓越して成功したのは、ジム・ロジャーズなどごくわずかだ。まして素人が複数の投資スタイルを使いこなすのは不可能だ。
結局、個人投資家は、ポラック教授が勧めるようにインデックス投資をするか、自分の得意の投資スタイルで運用するか、どちらかだ。得意の投資スタイルで勝負するなら、投資スタイルに合わない相場環境のときは、投資したい気持ちをぐっと抑えて、休む必要がある。「休むも相場」は、数ある相場格言の中でも個人投資家にとって最も価値あるものだと思う。
ところで、以上の話しは株式投資だけでなく、企業経営にも当てはまる。企業には独自の戦略スタイルがあり、それが経営環境に合致する場合もあれば合致しない場合もある。合致する場合は「イケイケ」で良いのだが、合致しない場合どうすれば良いか。企業は、完全に事業を休むことはできないが、それでも新規事業などリスクテイクを自重し、既存事業ではリスク管理を徹底するべきだろう。
私は経営コンサルタントとして企業経営について研究するのと同じくらいの時間を株式市場の勉強に使っている。もちろん、投資で成功して大富豪になりたいからだが、以上の話しのように株式投資で得られた知見は、企業経営を考える上で大いに役立つというのも大きな理由だ。
今回は内容に触れないが、モダンポートフォリオ理論、スパゲティ理論、生存バイアスなど、企業経営に貴重な示唆を与えてくれる投資理論は多い。現在、経営学と投資理論は別物だと考えられているが、今後、投資理論を企業経営へ適用する試みが拡がることを期待したい。
(日沖健、2016年6月13日)