ソフトバンクは先週15日、発行済み株式の14.2%にあたる1億6700万株を上限に自社株買いを実施すると発表した。取得総額は最大5000億円で、保有資産の売却収入や手元資金を充当する。同社は昨年8月にも約1200億円の自社株買いを実施しているが、今回は実行されれば日本で史上最大級の規模である(同業のドコモも2月1日に5000億円の自社株買いを発表している)。
市場は今回の自社株買いを好感し、翌16日、同社の株価はストップ高となった。専門家の評価も概ね良好なようだ。しかし、個人的には今回のソフトバンクの自社株買いには深く失望している。
今回の自社株買いのねらいは、ずばり株価のテコ入れである。積極的なM&Aで事業を拡大してきたソフトバンクだが、株価は14年初めに9000円を超えたのをピークに下落傾向で、今年に入って米子会社スプリント買収前を下回る水準が続いていた。15日の終値は4400円で、ソフトバンクの時価総額は保有する株式の価値を下回っている。自社株買いで発行株数を減らして株価を上げるのが狙いだ。
自社株買いは、既存の株主から会社が時価で株を買い取るだけのことで、時価が適正であるなら、理論的には株主にとって損も得もない話しだ。自社株買いは、現在の株価が会社の実力よりもかなり低く市場で評価されているという孫正義社長の強い不満の表明である。
市場がつける時価が間違っており、自分の評価が正しい、というわけだ。たしかに、社外の投資家より孫社長の方がソフトバンクに関する情報量が多いので、市場が間違うことはありうる。ただし、他の企業ならともかくソフトバンクの場合、そういう発想には問題がある。
ソフトバンクは、スプリント買収に限らずアッと驚く大型投資に際し、狙い・内容・影響などをあまり説明してこなかった。孫社長の剛腕で即決し、業績を上げて「ほら、ちゃんと結果が出たでしょ」と後付けで市場に納得してもらうというスタイルだった。過去はそれでうまく行ったが、今回はスプリントの経営改革が軌道に乗っていない。しかも国内では、市場縮小と通信料金引き下げなど、事業環境は厳しさを増している。市場の評価が間違っているとは、あながち言い切れないのではないか。
孫社長は早急にスプリントや国内事業を立て直すとともに、今回は結果が出ていない以上、事業内容や経営方針をしっかり開示し、市場との対話を進める必要がある。そういう丁寧なプロセスを踏まずに、「投資家はアホだから」と小手先の株価対策を打つのは、あまりにも傲慢だ。
それよりも残念なのが、孫社長の経営姿勢の変化である。在日2世の家庭に生まれ、差別を受けるなど社会の底辺から出発した孫社長は、旺盛な事業意欲と時代の変化を捉える嗅覚、一言でまとめるとアニマルスピリットで、一代で巨大企業グループを創り上げた。コンピューターの販売から始まり、インターネット、通信、ロボット、次々と大型買収・提携を繰り返し、成長・拡大を続けてきた。拡大のための資金が足りないので、市場から繰り返し資金調達した。1990年代には、資金調達がうまくいかず、倒産の瀬戸際に追い込まれることも何度かあった。
自社株買いは、会社が株主から調達した資金を株主に返すことを意味する。資金が有り余って、使い道がないから株主にお返しします、というわけだ。孫社長がアニマルスピリットを失ってしまったのか、アニマルスピリットをかき立てる魅力的な投資機会がなくなったのか。いずれにせよ、資金不足でもとにかく投資にのめり込んだかつてのソフトバンクとは大違いで、金欠少年が金満オジサンにすっかり様変わりだ。
ギラギラとアニマルスピリットむき出しに事業を拡大してきた経営者が、成功して、高齢化して、大人しくなるのは、よくあることだ。ビル・ゲイツも、松下幸之助もそうだった。とはいえ、孫社長には、閉塞感の強い日本のビジネスに風穴を開けてくれるものと個人的には期待していた。それだけに、「孫社長、お前もか!」と失望せずにいられない。
昨年、孫社長は、兼任していた子会社ヤフーの会長職をグーグルから引き抜いたニケシュ・アローラ氏に譲った。ソフトバンクの社長職もいずれアローラ氏に譲って引退すると予想されている。アニマルスピリットを失った孫社長が自らの限界を悟って判断したとしたら、妥当だがたいへん寂しいことである。
(日沖健、2016年2月22日)