役員クラスの受講者を対象にした企業研修で講師を担当する機会をたくさんいただいている。10年前と比べて、受講者の構成に大きな変化がある。以前は、役員研修の受講者は、その企業の生え抜きの役員(プロパー役員)ばかりだったが、最近は親会社・関係会社・取引先といった他社からの派遣された役員(派遣役員)が目に見えて増えたことだ。
近年、多くの企業がグループとして企業価値を高めようとグループ経営を推進していること、親会社が団塊の世代を抱えておきたくないことから、派遣役員が増えているのだろう。また、以前は幹部社員を育成するような研修は派遣役員を除外して実施することがよくあったが、最近は出身・経歴に関係なく平等に扱うようになっているのかもしれない。
もちろん研修の場で、事務局も講師も、プロパー役員と派遣役員でなんら対応を変えることはない。しかし、教える側としては、派遣役員かどうかは、非常に気になる。派遣役員にはプロパー役員とは明らかな違いがあるからだ。
プロパー役員と比較して、大企業で育った派遣役員は頭が良く、洗練されている。打てば響く感じで、受け答えにそつがない。「こいつはひと味違うな」と思って後で確認すると派遣役員だった、ということがよくある。率直に言って、研修で教えやすいは派遣役員の方だ。
ただ、研修の場では非常に優秀な派遣役員だが、会社内では色々と問題があるようだ。
まず、多くの派遣役員は、新しい会社に溶け込めず、孤立している。派遣役員は、会社・事業・人のことを知らないので、本来は誰よりも必死に勉強やネットワーク作りをしなければならないはずだが、そういう努力をしない。研修後の懇親会に顔を出さない派遣役員を見ると、たいへん残念な気持ちになる。
また、会社を変えようという気概を見せる派遣役員が少ないのも、大いに気になるところだ。派遣役員には、専門能力・経験・第三者的視点などを生かして、派遣先の経営改革に貢献することが期待されているはずだが、十分に力を発揮しているケースはまれだ。
派遣役員本人として、親会社での順調なキャリアを終え、命じられて嫌々今の会社にやって来たのだろう。都落ちして落胆する気持ちはわからなくないが、そういう状態で仕事をしていては、本人も受け入れる企業も不幸だ。
一方で、ごく少数派だが、新天地での経営改革に意欲を燃やす派遣役員がいる。先日も、そういう素晴らしい派遣役員に出会った。Aさんの派遣先は、同族経営の中堅企業で、事業承継を巡って大混乱し、その悪影響が組織・事業に及んでいる。Aさんは、対立する同族関係者の間に入って仲裁するとともに、従業員・顧客の立場になって改革を主導している。
そういう前向きな派遣役員は、その会社・従業員・製品のことが好きなのかもしれないが、おそらく、サラリーマン人生の最後になんとか世の中に貢献したいという使命感を持っているのだろう。
派遣役員を受け入れる企業から見ると、派遣役員が強い改革意欲・使命感を持っているかどうかは、重要な問題だ。以前なら、親会社や銀行など取引先で出世コースを外れた“上がり”の管理職を押し付けられて、やむなく引き受けることが多かった。しかし、近年多くの企業では、そういう余剰人員を受け入れる余裕がなくなってきている。
せっかく受け入れるなら、腰掛け気分の元余剰人員よりも、改革意欲・使命感を持った派遣役員の方が望ましい。受け入れ企業は、「こういう人材が欲しい」「腰掛け気分の人材はお断り」ということをしっかり派遣元に伝えるべきだろう。
高い能力と豊富な経験を持ちながら大企業でくすぶっていた管理職が派遣役員として再生するのは、日本経済を活性化させるためにも重要なことだ。派遣役員の活躍に期待しよう。
(日沖健、2016年2月1日)