組織は問題を解決しない

先週、第三次安倍内閣が発足した。第二次安倍内閣は金融緩和・財政支出・構造改革の「3本の矢」を掲げたが、第三次では、強い経済・子育て支援・社会保障という「新・3本の矢」で改革に取り組むという。

今回の政策目標の特徴の一つは、「金融緩和」という言葉が消えたことだ。政府・日銀が2013年4月から実施している異次元の金融緩和は、円安・株高をもたらしたものの、期待されたデフレ脱却は実現せず、円安による消費者物価上昇への国民の不満が高まっている。完全に失敗に終わった政策であり、そろそろ幕引きにするのは妥当な判断であろう(幕引きにしたわけでなく、「強い経済」に包含されているという政府の説明だが)。

もう一つの特徴は、「1億総活躍社会の実現」という新しい目標が掲げられたことだ。少子高齢化の影響で、大して景気が良くないのに人手不足が深刻化し、経済成長のボトルネックになっている。女性や高齢者、さらには外国人などの労働参加を促し、労働人口を増やそうという方向性は正しい。

問題は、実行だ。掛け声倒れに終わった3本の矢の二の舞にならないよう、着実に政策を推進し、成果を上げることが期待される。

注目を集める「1億総活躍社会の実現」について、今回1億総活躍担当大臣が新たに設置された。大臣に就任した加藤勝信氏は、8日の就任記者会見で、「一日も早く国民会議を立ち上げたい」と述べ、具体的な政策を検討する場を早期に立ち上げ、実施計画づくりを急ぐ考えを示した。

新たな政策課題に対応するために、中心的に活動する推進組織を立ち上げるというのは、常道といえば常道だ。政治の世界だけでなく、企業経営でも、たとえば新規事業を立ち上げるという場合、新規事業推進室といった担当部署を設置することが行われる。

しかし、組織を設置すればたちどころに問題が解決するかというと、そうではない。問題を解決するのは、組織ではなく人だからだ。

たとえば、企業の新規事業を開発する場合、社長は新規事業を立ち上げる方針を出し、「新規事業開発室」といった担当組織を作り、人を配置し、予算を与える。そこで、社長は自分が果たすべき役割を終えて、成果が出てくるのを待つ。ただ、現実には、なかなか事業が生まれない。

新組織に配属された担当者は、慣れ親しんだ職場から投げ出され、経験のない難易度の高い業務を任され、成果実現のプレッシャーを受ける。「よし、この会社の未来を俺たちの手で作るぞ」と意欲を持つ社員は少数派で、大半は「面倒な仕事を押し付けられたな・・・」とモチベーションが下がっている。

既存事業を維持・改善するのと比べて、新規事業ははるかに難易度が高い。モチベーションの下がった社員が困難な新規事業開発に成功するはずがない。事業は停滞し、社長は、「まったくうちの社員は、やる気も行動力も独創性もないなぁ」と嘆息する・・・。

新しいこと、困難なことに取り組み、成果を実現するには、能力の高い人材が意欲的・創造的に活動しなければならない。そのためには、トップは、前例や慣習にとらわれずベストのメンバーを選定するとともに、メンバーが活動しやすいように、必要な経営資源・権限・裁量を与える必要がある。必要なのは権限移譲で、「悩みの移譲」にであってはならないのである。

政治の世界で、組織体制を整えることで改革が大きく前進したのは、小泉内閣の経済財政諮問会議である。改革の方向性や成果には賛否があるものの、司令塔に慶応大学の竹中平蔵教授を起用し、やや強引なくらい改革を進めた。

今回の「1億総活躍社会の実現」のための国民会議がどういう形になるかわからないが、形を作ることで満足せず、実質的に機能するようにして、新しい日本の国造りの先導役になってほしいものである。

(日沖健、2015年10月12日)