居酒屋チェーン大手のワタミは先週、損害保険大手の損保ジャパン日本興亜ホールディングスに介護事業を売却する方針を固めた。ワタミは本業の外食事業に経営資源を集中し、経営の立て直しを急ぐという。
居酒屋として創業したワタミは、外食店をチェーン展開する一方、2004年に介護事業に参入し、利用者数を順調に伸ばしてきた。ところが、2013年頃から居酒屋店舗で過酷な労務管理が行われているという“ブラック企業批判”が沸き起こり、その煽りを受けて介護施設への新規入居者が急減していた。
ワタミの自己資本比率は7.4%まで落ち込み(2015年3月末)、まさに存亡の危機を迎えている。今回の介護事業の売却で約210億円の収入を得る見通しで、財務的には一息をつくことができる。ただ、ブラック企業批判によって、居酒屋の客数の落ち込みが続いており、まだまだ予断を許さない状況が続く。
東芝やフォルクスワーゲンの例を出すまでもなく、国や企業規模や社歴などを問わず、どんな企業でも不祥事を起こすことはある。ただ、たいていの会社は、不祥事によってそのまま沈んでしまうことはなく、一定のところで悪化を食い止め、立ち直っていく。
不祥事から立ち直る大半の企業と立ち直れないワタミのような企業では、どこが違うのだろうか。おそらく3つ要因がある。
第1は、不祥事の深刻さだ。ネットでの噂話など大したことないと思いがちだが、ワタミのような客商売では、イメージダウンの影響が大きい。また、ネット上の噂話は打ち消すのが難しく、悪影響が長引きやすい。
第2は、不祥事に迅速に対応し、事業や組織を改めたかどうかだ。ワタミの経営陣は、ブラック企業批判を噂話だと判断し、対応が後手に回った。また、創業者の渡邉美樹氏が参議院議員の職に留まり続けたことも、「ワタミは反省していない」と消費者の反感を買った。実際には不祥事を反省し、襟を正したのだろうが、外部にはそう伝わらなかった。
そして第3は、利害関係者から愛され、応援される企業かどうかだ。食品偽装問題を起こした赤福の場合、消費者や伊勢地域が「赤福を潰すな」と進んでサポートした。それに対しワタミの場合、消費者はソッポを向いたままだし、今回も介護事業の買い手がなかなか現れなかった。
三つ目の論点は、あまり注目されないが、企業が長期的に存続・成長するために非常に大切だ。利害関係者から愛され、応援されるのは、徳のある企業だ、逆に、ライブドアのように、華々しく成功しても短期間で失速してしまう企業は、徳のない企業が多い。
愛され、応援される企業、徳のある企業になるには、不祥事など緊急時の対応もさることながら、日ごろの事業活動がものをいう。トップから末端の従業員まで、一貫して、自社の利益よりも顧客の利益や地域の発展を第一に考えて行動することが大切だ。
ワタミグループのスローガンは、「地球上で一番たくさんの“ありがとう”を集めるグループになろう」である。このスローガンを見る限り、ワタミは徳のある企業になろうと意識しているようだ。にもかかわらず、消費者などからソッポを向かれたのは、渡邉氏の言動などから、消費者は「これは本気でない」「一貫していない」と受け止めたのであろう。
私は一度だけ渡邉氏の講演を聴いたことがある。事業に対する想いを熱く語る姿から、個人的には世間のワタミ叩きは行き過ぎているように考える。ただ、渡邉氏の「わからん奴は、わからんでもいい」という態度は、誤解・反感を受けやすい危うさを感じた。徳のある企業と認められるには、細心の注意が必要なようだ。
(日沖健、2015年10月5日)