消費低迷はアベノミクスの間違いを物語る

先週世界を襲った株価下落の陰に隠れてあまり話題になっていないが、アベノミクスの根底を揺るがしかねない悪いニュースがあった。それは、総務省が28日に公表した7月の家計調査で、世帯当たり実質消費支出が前年同期比0.2%減少したことだ。

昨年4月に消費税率を引き上げた際、一時的に消費が落ち込むものの、夏あるいは遅くとも秋から消費が回復すると政府は説明した。しかし、消費は一向に盛り上がらず、黒田日銀が追加金融緩和をしても、今なお低迷が続いている。

今年4-6月のGDPが前年同期比マイナス1.6%という悲惨な結果になった時も、消費不振は雨の日が多かった天候不順による一時的なもので、7月以降は回復するという見解だった。7月は天候が良く、前年よりボーナスが増えるなど消費にとって好条件が揃ったが、結果は期待を裏切った。

7月の消費が消費税増税の反動減に見舞われた前年よりさらに減ったことについて、民間エコノミストは、輸入品を中心に日用品が値上がりし、高齢者の間で節約モードが広がったと分析している。そして、原油価格が下落していることやボーナス支給の効果もあり、8月からは回復すると予想している。

ただ、昨年秋にも原油が大幅に下落し、消費税増税のマイナスを補って余りある経済効果があったのに、消費は振るわなかった。期待を集めるボーナスも、大盤振る舞いだったのは円安で潤う大手製造業だけで、雇用者全体の実質賃金は増えていない。「今度こそ」「そろそろ」という民間エコノミストの予想は、あまりに楽観的で、政府の願望を代弁しているようにしか見えない。

それにしても、金融緩和をすれば円安になり、円安になれば輸入物価が上がり、輸入物価が上がれば、決まった年金収入しかない高齢者が節約に走るというのは、素人でも容易に予想できた。金融緩和をすればデフレマインドが払しょくされて消費が増える、という政府・日銀の想定は、根本的に間違っていたのではないか。

勤労世帯についても、円安→輸出増→企業収益改善→賃金増→消費増、という好循環が思ったほど動いていない。原因の一つは、製造業がすでに海外に移転し、輸出増の効果が限定的になっていることだ。それよりも重要なもう一つの原因は、仮に賃金が増えても、消費より貯蓄に回ってしまう可能性が高いことである。

原油価格下落は、いつまで続くかわからない一時的な慈雨だ。ボーナスも、来年支給されるとは限らない。いずれも一過性のもので、国民はそれらを頼りにノー天気に消費を増やすわけには行かない。ならば、ベースアップで基本給を挙げて、将来的に賃金が増えるようにしよう、ということで安倍政権は2年連続で春闘に介入した。

しかし、給料を払うのは、政府でなく、企業だ。企業が将来に渡って収益性・成長性があると確信すれば、従業員は安心して消費を増やせる。逆にベースアップがあっても、仮に給料が倍になっても、現在のように企業の国際競争力がどんどん低下していく状況では、将来を不安に思う従業員は生活防衛に向かうだろう。

結局この袋小路を抜け出すには、金融緩和を止めて行き過ぎた円安を是正するとともに、企業に抜本的な改革を促し、円安に頼らずに済む国際競争力のあるビジネスを生み出すことだ。小手先の金融政策で日本を再生できると考えたところに、アベノミクスの根本的な勘違いがある。

ケインズによると、消費は所得の関数である。ここでケインズが想定したのは絶対所得、つまり現時点の所得である。政府・日銀がボーナス増加や賃上げで消費が回復すると論じているのは、ケインズの絶対所得仮説を信奉していると思われる。

しかし、アベノミクス開始後、とくに消費税増税後の消費動向を見ると、消費は将来の所得の見通しで決まるというフリードマンの恒常所得仮説や一生涯で獲得する所得で決まるというモジリアーニのライフサイクル仮説の方が説得力を持つ。そして、所得の見通しや生涯所得を決定するのは、政府の政策ではなく、企業の競争力なのだ。

アベノミクスには、女性活躍の推進など注目すべき政策もなくはないが、肝心要の財政・金融政策は、根本的に方向性が間違っている。2年以上も壮大な実験を繰り返して効果がなかったら、普通は「そろそろ効果が出る」と強弁するより、「いい加減に見直そう」となるのではないか。9月の自民党総裁選で安倍首相の政権基盤がますます強化され、さらに数年に渡って「そろそろ」を続けることに、大きな不安を覚えるのである。

(日沖健、2015年8月31日)