このところ、同性愛者など性的マイノリティ(LGBT)の権利を保護する取り組みが広がっている。この6月、アメリカ連邦最高裁は同性婚を認める判決を下した。日本でも東京都渋谷区は、同性カップルを結婚に相当する関係と認める「パートナーシップ証明書」を発行するための条例を区議会で可決・施行した。先週、テレビ通販「ショップジャパン」の運営会社が、同性カップルの社員に対して異性同士の結婚と同様に結婚祝い金の支給や結婚休暇などを取得できるようにすると発表したように、企業でも取り組みが広がっている。
私は古いタイプの人間なので、LGBTには少し心理的な抵抗感がある。LGBTが増えるとますます少子化が進み、社会的にマイナス面が大きそうだ。LGBTを奨励するかのような一部のマスコミ報道は、いかがなものかと思う。
ただ、そういった個人的な感情や社会の利益は別として、LGBTが不当に差別を受けているのは事実であり、社会でも企業内でも、差別的な扱いを受けないように環境整備することは大切だ。世界的にLGBTの権利保護の動きが広がっているのは、良い傾向だと思う。
ところで、LGBTに代表される人権保護の動きは、色々な方面に波及する可能性がある。今後、中国でのチベット族・ウイグル族の迫害や北朝鮮での強制労働などは、ますます強い国際的な非難を浴びることだろう。日本でも、ヘイトスピーチが国際問題に発展しつつある。
そして、日本で意外と見落されている重要な論点が、定年制である。大半の日本企業は、当たり前のように60歳とか65歳の定年制を採用しているが、年齢によって一律に解雇するというのは、明らかに年齢による差別で、人権侵害だ。
アメリカでは、年齢を理由とする解雇は差別行為として禁止されており、航空機のパイロットなど例外を除いて、年齢を理由に労働者・雇用者を解雇することはできない。カナダ、オーストラリア、ニュージーランドも同様に定年制は禁じられており、イギリスでも2011年に定年制が廃止された。
日本では、2004年の高年齢者雇用安定法の改正で、定年制の廃止を目指すことが明記された一方、定年延長の処置を講じれば定年制は問題ないことが法的に示された。しかし、その後の環境変化を考えると、誰かが憲法違反を訴えれば、案外あっさり違憲判決が出るように思う。団塊の世代が定年を迎え、定年後も働きたいというニーズが増えており、2020年頃までには定年制がなくなるのではないだろうか。
仮に定年制が廃止されれば、日本企業の経営に大きな影響が出る。
日本企業は年功序列的な賃金カーブを採用している企業が多く、高齢従業員の賃金負担が膨らみやすい。定年制で高齢従業員を一律解雇することで、人件費負担の膨張に歯止めをかけることができた。定年制がなくなると、高齢従業員の人件費負担に歯止めが効かなくなり、企業は抜本的な対策を迫られる。
まず、年齢を考慮しない賃金制度への変更が必要になる。年齢に関係なく、能力・職務・実績などに基づいて賃金を決めるようになれば、高齢従業員の賃金負担という問題は解消される。日本では1990年代後半に各社が成果主義を導入したが、「日本の組織風土にはそぐわない」といった理由で定着しかなった。しかし、今度こそ、まったなしの変更を迫られそうだ。
もう一つ、解雇要件を緩和することも喫緊の課題になる。能力などに応じて賃金を下げても、ゼロにはできないので、不要な労働者を解雇する必要がある。現在、日本では解雇には厳しい条件が付けられており、労働者をひとたび雇ったら事実上解雇できない状態だ。アベノミクスの成長戦略で実現していない解雇規制の緩和を強力に進めることが期待される。
実際に定年制が廃止されたら、日本企業は大混乱が陥るだろう。ただ、定年制の存在が中高年男性正社員を中核とする日本独特の雇用システムを生み出し、非正規社員の起用や女性・外国人の活用を阻んでいる。混乱を経て、日本の雇用が適正化し、企業の活力が増すことを期待したいものである。
(日沖健、2015年8月10日)