東芝のガバナンス改革はピント外れ

ある資産家は、広い屋敷に家族4人で住んでいる。屋敷を警備するために、番犬を4匹飼っている。家族はお互いに仲が悪く、トラブルが多い。とくに奥様は、夫のドメスティック・バイオレンスに悩んでいる。

ある日、夫の浮気を疑った奥様に対し、夫がいつにない激しい暴力をふるった。奥様は警察に駆け込んで、対策を相談した。対応した警察官は、あくびをしながら次のようにアドバイスした。

「あの広いお屋敷ですと、番犬が4匹では目が行き届きませんね。ここは、8匹に増やしてはどうでしょうか」

なんと間抜けなアドバイス! と誰しも呆れるだろうが、いま世間を騒がしている東芝でも、よく似た茶番が繰り広げられようとしている。

東芝では、インフラ・半導体・パソコンなど多くの事業部門で長年に渡って利益を過大計上する不適切な会計処理が行われてきた。しかも、本来は不正を取り締まるべき立場にある歴代社長が不正会計をするように経理部門に圧力をかけたという。古くは石坂泰三や土光敏夫ら名経営者が指揮を執り、日本の財界をリードしてきた名門企業で起こった、信じられない不祥事である。

日経新聞などの報道によると、6月からこの問題を調査した第三者委員会は、経営陣の責任を追及し、田中久雄社長ら取締役16名のうち半数を9月に開催する臨時株主総会で退任させるという。ここまでは良いのだが、現在、元外交官・大学教授ら4名いる社外取締役を全16名の半数(8名)以上に増員するとのことである。

社外取締役の増員によって第三者の客観的な視点で経営をチェックすることを目指すようだが、さて、冒頭の資産家のたとえ話しとどこが違うのだろうか。

日本企業の社外取締役には、現役を退いた高齢の元経営者、大学教授、法曹関係者などが就任している。その企業にとって門外漢で、東芝のようにビジネス経験すらない者が多い。しかも、社外取締役の人材不足から、1人で何社も社外取締役を掛け持ちしているケースが多い。無知で多忙な社外取締役が月に1度の取締役会に出席するくらいで、会計監査法人ですら見抜けなかった企業の不正を見抜くことができるはずがない。

この6月に導入されたコーポレートガバナンス・コードで、上場企業には社外取締役を2名以上起用することが事実上義務付けられた。東芝の場合、2名どころか、すでに4名の社外取締役を起用しており、日本企業の中では“ガバナンス優等生”である。番犬が4匹いても役に立たなかったから、普通はお払い箱にするだろうに、逆にもっと増やそうというのは、何とも滑稽な話しだ。

家庭内で深刻なトラブルを防止・発見するには、役に立たない番犬を増やすよりも、まず家族が日常的に監視し、働きかける。家族が働きかけても防げないなら、タイムリーに通報してもらうのが良い。ビジネスで言うと、公益通報制度である。

現代企業は事業内容や組織が非常に複雑化しており、社外取締役どころか会計監査法人でも不祥事を察知するのは困難だ。不祥事を察知できるのは、社内で実務を担当している従業員だ。今回の東芝も、従業員から金融庁への通報によって事件が発覚したという。

日本では長く、会社が公益通報者を「密告者」として吊し上げ、行政はそれを見て見ぬふりをしてきた。労働基準監督署に通報があったら、労基がその会社の人事部に密告者を知らせることが当たり前のように行われてきた。ようやく2004年に公益通報者保護法が制定され、さすがに露骨な通報者いじめはなくなったが、「あまり露骨にいじめちゃダメですよ」という程度で、公益通報者の保護はまだまだ不十分だ。公益通報者に定年までの収入を保証するなど、思い切った制度改正をしないと、公益通報制度は機能しないだろう。

残念ながら、役に立たない番犬の数を増やそうという茶番がまかり通り、公益通報者保護など実質的な議論が一向に盛り上がらない。これは、日本企業が不祥事をあまり深刻に受け止めておらず、「早くほとぼりが冷めないかなぁ」と考えている証しだ。不祥事そのものもさることながら、不祥事の防止に真摯に取り組もうとしない経営者・関係者の姿勢に、疑問を感じざるを得ないのである。

(日沖健、2015年7月20日)