為替相場の動向が再び注目を集めている。2011年11月に最高値75.54円を付けた後、安倍政権の発足、黒田日銀の異次元の金融緩和によって急速に円安が進み、足もとでは120円台になっている。年内に予定されているアメリカの金融緩和解除で、さらに円安が進むと予想されている。
ここまでの円安は、2011年までの過度な円高の修正だと概ね理解されている。しかし、さらに円安が進んだ場合、日本経済の実態に照らして適切な水準と言えるのか、日本経済にどういう影響を及ぼすのか、といった点が議論になっている。
円安は、経済主体によってプラス・マイナスの影響が異なる。
プラスの影響を受ける代表は、輸出型製造業だ。輸出価格の低下で販売数量が増える上、海外でのドル建ての収益が円換算で増加する。トヨタの場合、1円の円安で300億円も経常利益が増えるという。また、観光業も、近年日本経済の救世主として注目を集めるインバウンド需要に円安はプラスに働く。
一方、円安がマイナスになるのは、内需型の業種である。小売業・卸売は、輸入物価の上昇でコストが上がり、売上高・利益が減少する。家計も、物価上昇で実質所得が低下するので、マイナスに働く。
以上は経済紙などでよく目にする一般的な整理だが、あまり注目されていない重要な論点がある。それは、円安が労働市場に悪影響を与えるという点だ。
いま、日本経済は深刻な人手不足に陥りつつある。少子高齢化によって労働供給が細っている。一方、景気の回復や震災復興などで、労働需要が着実に増加している。完全失業率は3.3%(総務省5月調査)と、ほぼ完全雇用になっている。今後も少子高齢化がさらに進むこと、オリンピックなどビッグイベントが控えていることから、人手不足はますます深刻化することだろう。
労働供給が成長の制約要因になっていることから、政府は成長戦略などで女性や高齢者の就労を促す施策を打ち出している。その効果に大いに期待したいところだが、いずれも容易でない。保育施設など出産・育児の環境が整っていないことや長時間労働の職場が多いことから、出産・育児のために就労を断念したり、パートなどにとどまる女性は多い。また、高齢者の就労意欲は旺盛だが、企業の側は、相対的に人件費が高い高齢者の雇用を抑制したいと考えている。
こうした中、最後の労働供給源として期待が集まるのが、外国人労働者だ。日本では、単純労働者を認めていないなど、外国人労働者の就労規制が多いが、それでも技能実習生などの形で数多くの外国人が国内で働いている。都内の居酒屋やコンビニを利用すると、もはや外国人労働者なしに日本経済が成り立たない状況になっていることを実感する。
外国人労働者にとって、昨今の円安は実に頭の痛い問題だ。日本国内で得た収入が母国通貨に換算すると目減りしてしまうからだ。かつて外国人労働者は、日本で働けば大金を手にできるということで日本に殺到したが、就労先としての日本の魅力は円安でどんどん低下している。円安は、労働市場に深刻な悪影響を与えているのだ。
今後、外国人労働者を増やすには、まず円安を阻止する必要がある。弊害も目立つようになっている金融緩和は、即刻停止するべきだ。為替対策を除くと、次の2つのことが重要だ。
一つは、外国人労働者に対する就労規制をできる限り撤廃することだ。インドネシアやタイの看護士が日本で看護士の仕事をするには、日本語を覚えて日本語での資格試験に合格しなければならず、事実上門前払いされている。日本語能力の不足が業務上の障害になるかどうかは採用する医療機関が判断すれば良いことで、無駄な規制をするべきではない。
もう一つは、外国人に「是非日本で働きたい!」と思わせる魅力的な産業を育てることだ。国内観光業は日本に来なければできない仕事だ。和食など飲食業も有望だ。こうした産業を他にもどんどん増やしていくことが大切だ。
残念ながら現在の日本では、外国人労働者というと「移民反対」という感情論と結びついて、まともな議論ができない状況にある。政府の強力なリーダーシップが期待されるところである。
(日沖健、2015年7月13日)