ギリシャ問題から何を学ぶか

ギリシャが6月末に返済期限だったIMFからの融資を返済できず、7月1日に事実上デフォルトした。昨日5日の国民投票の結果を受けて、今後ユーロ離脱という最悪の事態に進展するかどうか、世界が身構えている。

2010年にギリシャの財政危機が表面化して以来、ユーロ圏のみならず、世界の金融市場を揺さぶってきた。今後さらに困難な生活を強いられるギリシャ国民を気の毒に思うものの、金融関係者は、埼玉県くらいの経済規模の小国家に振り回され続けることにウンザリしており、「ユーロから離脱するにせよ、しないにせよ、そろそろはっきりしてくれ」と考える向きが多いだろう。

ギリシャ危機について、マスコミやネット世論は、破滅的な選択をしたチプラス首相や怠惰な生活で借金を膨らませたギリシャ国民の愚かさを指摘している。ただし、今回の混乱は日本にとって対岸の火事ではなく、重大な警鐘を鳴らしているように思う。ギリシャ危機について、以下のような点を振り返る必要がある。

第1は、言うまでもなく国家財政の健全化である。末期的と言われるギリシャの債務残高がGDP比172%であるのに対し、日本はそれをはるかに上回る246%だ。今のところ「日本には金資資産があり、製造業など国際競争力の高い産業があるので、ギリシャのような心配はない」という意見が支配的だ。しかし、将来に渡って大丈夫と言えるだろうか。

国家だけでなく、企業でも家計でも、成長期には多少の借金をしても問題ないが、借金返済の原資となる収入が減っていく高齢期になると、返済負担が重くのしかかる。IMFなど国際機関がかねてから日本の財政健全性に懸念を示している通り、まだ金融資産や産業の競争力が残っている今のうちに、財政再建の道筋を付ける必要がある。

第2に、(第1の点と大きく関係するが)年金制度の改革である。ギリシャでは、労働者の4割が公務員で、50歳台で早期退職してしまうので、年金受給者が全国民の4分の1にも達するという。さすがに日本は公務員だらけではないが、年金受給者の割合についてはギリシャを笑えない。日本の高齢者比率は現在25.0%(2013年9月末現在)。高齢社会白書によると、この値が2035年には33.4%に達し、3人に1人が高齢者になる。年金制度をよほど改革しないと、今のギリシャを超える深刻な事態に陥ることは必至だ。

日本は世界で最も平均寿命が長いにもかかわらず、定年や年金受給開始の年齢が低いままだ。受給開始年齢の引き上げなど年金制度の改革を進めるとともに、働ける人は可能な限り働くという生涯現役社会の実現に向けて、労働環境の整備、賃金体系の見直し、働き方の改革などを進める必要がある。

それよりも個人的に気になる第3の論点は、大混乱した政治プロセスである。チプラス首相は、何の目算もないまま国民に受けの良い反緊縮策を掲げて昨年政権の座に就いた。そして、政権維持のためにEUと妥協しようとせず、いよいよ反緊縮策がEUに受け入れられないとわかると、緊縮策の受け入れを問う国民投票を実施した。迷走を重ねた挙句に危機的な状況に追い込まれた姿は、まさに古代ギリシャの偉大な先人プラトンが批判した衆愚政治である。ただ、日本人はギリシャのことを笑えるだろうか。

日本の政界では、橋下徹氏や東国原英夫氏といった元芸能人が国民の人気を武器に跋扈している。高齢者の声に押されて、年金の物価スライドというすでに決められたことすら実行できない。これらは典型的なポピュリズムだ。

さすがにチプラス首相と違って、日本の政治家は政権維持のために国家を危機に追い込んでしまうことはないと信じたい。ただ、安心はできない。1941年夏、東条首相は、アメリカと戦っても勝ち目がないと明確に認識していたが、開戦しないと陸軍主戦派によるクーデターに発展してしまうことから、内乱状態に陥るのを避け、国体(天皇制)を維持するために開戦に踏み切った。

こうして見てみると、Too big to fail(大きすぎて潰せない)が当てはまる日本と当てはまらないギリシャという以外に、両国に大きな差はない。市場関係者は「ギリシャ問題がイタリア・スペインなど南欧諸国に飛び火しないか」と懸念しているが、長い目で見ると、日本に波及しないのかが心配だ。ギリシャ危機を対岸の火事とせず、謙虚に学ぶ姿勢が政治家・国民に求められる。

(日沖健、2015年7月6日)