ラップ口座は日本をダメにする

このところ、個人投資家が運用先の選定など資産運用を金融機関に一任するラップ口座やファンドラップ(まとめてラップ口座とする)の残高が急増している。3月末までの1年間で、3倍弱に膨らみ、4月末には4兆円を超えた。業界首位の野村證券の残高は、1兆3千億円に達するという。

ラップ口座は、元々、運用資産が1億円を超える富裕層などを対象にプロが運用を代行するという金融商品だった。しかし、昨年から証券会社各社が、最低運用額を数百万円に引き下げ、市場開拓を取り組むようになった。折からのアベノミクスによる日本株の上昇にあやかりたいという高齢者がラップ口座に殺到し、一気に人気に火がついた。

日本では、1694兆円(2014年末、日銀調査)に及ぶ家計の金融資産の5割以上を60歳以上の高齢者層が保有している。また、金融資産に占める現預金の割合が52.5%と高く、株式・投資信託は15%に過ぎない。株式・投資信託が46.5%を達するアメリカと比べて、過度に安全志向で、貴重な資金が利息ゼロで死蔵してしまっている。ラップ口座の普及によって、高齢者の資産が現預金から株式・投資信託に移行するなら、資金の流れという点では良い傾向である。

しかし、ラップ口座がもたらすメリットは、それと証券会社が潤うくらいだ。ラップ口座は、色々な点で日本人をダメにする、悪魔の仕掛けである。国民はラップ口座を始めるべきではないし、すでに利用しているなら、即刻解約するべきだ。

まず、ラップ口座は運用を証券会社に一任するので、運用であって運用ではない。どれだけ長期間、どれだけ多額の資金を預けても、投資家の金融リテラシーが高まることはない。タンス預金と同じで、金融に関して日本人をますます金融音痴にしてしまう。

「日本はモノづくりの国だ」と言われるが、体を動かして働く若年労働者が激減する今後の日本で、従来のような組立型製造業は成り立たない。体力を使わない資産運用は、若者はいないが資金は豊富にある日本にとって、極めて有望な産業だ。また、老後を支える年金の充実という点でも、運用ビジネスの育成は重要だ。そのためには、イギリスのように、義務教育の段階から金融教育を取り入れるべきだ。証券会社以外は頭を使わないラップ口座は、こうした国家の進むべき方向性にまったく逆行する。

「俺はもう歳だから、今さら金融のことなんて勉強なんてしたくないよ」という人も多いだろう。そういう高齢者にとって、たしかにラップ口座はあり難い存在だが、世の中にうまい話しはないもので、ラップ口座の運用の成果は疑わしい。安心に資産減らしてしまうという悲喜劇の危険性が大きいことに注意が必要だ。

この2年間に関して言うと、株高でラップ口座の運用成績はまずまず良好だっただろう。しかし、GDPの潜在成長率がほぼ0%の日本で、株だけが10%以上も上がり続けるとは考えにくい。しかも、各社のラップ口座の手数料は、運用残高に対して1.5~2%に達する。今後予想される運用難の時代に、2%の手数料を吸収する運用成績を出し続けるのは、至難の業だ。

証券会社は、「プロが運用するからご安心ください」と言うが、市場で戦う相手もプロなのだ。あなたの口座の運用担当者だけが他のプロを出し抜いて勝ち続けるとは考えにくい。ラップ口座は競馬や宝くじと同じで、胴元の証券会社だけがちゃっかり儲かって、よほどの強運の持ち主でなければ投資家は負けてしまう、絶望的なゲームだ。

市場平均並みの運用成績を上げれば満足というなら、ラップ口座で割高な手数料を払って運用をするよりも、ETF(上場投資信託)を買う方が、はるかに勝ち目がある。ETFは手数料が安いので、大きく選択を間違えなければ、ラップ口座を上回る運用成績を上げることができよう。証券会社は、「どのETFを買えば良いか、皆さんわからないでしょ?」と高齢者の不安を煽るが、それなら、どの証券会社、どのファンドマネジャーを選べば良いかわからないのであって・・・。

ラップ口座は、日本人をますます金融音痴に、ますます貧乏にしてしまう、悪魔の仕組みだ。美味しい思いをしている証券会社や金融機関と紐づいているFPや評論家がラップ口座の問題点を指摘することはないだろう。ここはマスコミや行政が、日本の将来のために警鐘を鳴らしてほしいものである。

(日沖健、2015年6月29日)