十年後、あなたの職業は存在するか?

「ユニクロ」を展開するファーストリテイリングは、グループ店舗で今夏メドに来店客が自分で買い上げ商品の精算をする無人レジを導入する。全品に無線で商品情報を読み書きできるICタグを付け、レジでの瞬時の精算を可能にする。レジ精算のスピードアップで顧客の利便性が高まるとともに、店側はレジ作業で浮いた従業員を接客などに回すことができ、顧客・店の双方に大きなメリットがあるという。

これまでも多くの流通業者がレジ無人化に取り組んできた。しかし、ICタグが高価だったことや読み取りの精度がいま一つだったことから、日本ではなかなか実験段階を超えることができなかった。今回、業界のリーダーであるファーストリテイリングがレジ無人化に本腰で取り組むことで、小売・サービス業界での普及に弾みがつきそうだ。

残念ながらファーストリテイリングの今回の取り組みは、5月の連休中に報道されたせいか、その後もあまり話題を呼んでいない。しかし、日本社会を一変させる大きな可能性があるように思う。

日本の小売業・サービス業では、戦後から高度成長期まで、人件費の安い若年労働力が大量に存在することを前提に、非効率なオペレーションを温存してきた。高い国際競争力を誇る製造業の生産現場と比べて、小売業・サービス業の労働生産性は低いままである。長時間労働も常態化している。しかし、若年人口の減少で、こうした非効率な状態を放置し続けることは難しくなりつつある。

小売業・サービス業の生産性を上げるには、人間は人間しかできない業務に専念し、それ以外はロボット・コンピューター・精密機械に思い切って任せるべきだ。銀行では、ATMの普及で窓口の行員が激減した。企業の経理部門ではオンライン会計システムの普及で、経理担当者が激減した。ファーストリテイリングだけでなく、エイチ・アイ・エスが今年7月ハウステンボス内にロボットが接客する「変なホテル」を開業する。今後、省力化・無人化は大きな社会トレンドになることだろう。

そうなると私たち労働者が考えなくてはならないのは、人間にしかできない業務とは何なのか、自分の仕事は将来もこの世に存在し続けるのか、という点である。

昨年、オックスフォード大学オズボーン准教授が将来なくなる職業を公表して、日本でも話題になった。オズボーン氏の論文「雇用の未来」によると、コンピューターによって多くの業務が自動化され、米国の総雇用者の約47%の仕事が自動化されるリスクが高いとのことである。消滅する職種として、不動産のディーラー、レストランの案内係、給与・福利厚生担当者などが示された。レジ係やホテルの受付係もこの中にリストアップされている。

オズボーン氏の予測がどこまで的確かはわからないが、近い内に相当数の職種が消滅することは間違いないだろう。とすると、この職業消滅に個人としてどう対処するかが課題になる。

学生などまだ働いていない人は、リストアップされていない職業で働くことができるように、能力・スキルの獲得に取り組むべきだ。

一方、やっかいなのは、まだ先が長い若手・中堅で、現在、リストアップされた職種で働いている場合だ。泥船にしがみつくのは得策ではないから、手遅れにならない内に職種変更や転職をすると良い。もちろん、そのためには能力・スキル向上が欠かせない。

ただ、これまでの職業で能力・スキルの向上に地道に努めてきて、会社からも高く評価されている優秀な人ほど、こうした転換がうまく行かない。「職種を変更したらこれまでの努力がすべて台無しで、もったいない」と考えてしまうわけだ。「機械では実現できない真心のこもったレジ精算があるはずだ」などと自分の職種を無理やり正当化するのは、もっと良くない。

こうした悩ましい状況に置かれた人には、「サンクコスト(sunk cost、すでに支出が決まっており、行為を中止しても回収できない費用)のことはさっさと忘れろ」という伝統的なアドバイスを贈るしかない。世間を知らない若い頃の職業選択に間違いはつきものだ、と潔く諦めることだ。

職業消滅のこれからの時代、職務を遂行する能力・スキルもさることながら、サンクコストに囚われない諦めの良さも、ビジネスパーソンが成功するための重要な条件になりそうだ。

(日沖健、2015年5月25日)