ROE(自己資本利益率)が注目を集めている。昨年1月、ROEなど資本効率の高い企業で構成される新しい株価指数JPX日経インデックス400が導入された。安倍政権は、コーポレートガバナンスを強化してROEを向上させることが企業に強く求めている。こうした流れを受けて、各社がこぞってROEを経営目標に掲げるようになった。新聞では、ROEという単語が踊らない日はないほどだ。
アメリカでは、はるか1920年代からROEを中心にした経営管理が行われていた。日本ではこれまで、1円でも経常利益を計上していれば問題ないとされ、資本効率に対する意識が低かった。そのため、アメリカ企業では当たり前のようにROEが15%以上あるのに対し、日本の上場企業の平均は8%台にとどまっている。遅ればせながら、日本企業がROEに目覚めたのは、非常に好ましい変化だ。
ただ、手放しに喜んで良いかというと、以下の通り大きな問題をはらんでいる。
ROEは「当期純利益÷自己資本」で計算される。ROEを改善させるには、分子の当期純利益を増やすか、分母の自己資本を減らすかである。さらに細かく見ると、当期純利益を増やすには、①設備投資で収入を増やす、②M&Aで収入を増やす、③支出を減らす、一方、自己資本を減らすのは、極めて例外的な減資を除くと、④自社株を買い入れ消却する、⑤配当を増やす、という方法がある。
個人的に非常に気になるのは、多くの日本企業が当期純利益を増やす(①②③)よりも、自己資本を減らす(④と⑤)のに傾注していることだ。昨年、アマダが当期純利益を100%配当する方針を示し、市場関係者を驚かせた。先月、それまで株式市場とは距離を置いてきたファナックが増配・自社株買いに取り組むことを表明し、市場の喝采を浴びた。ざっと見ると、日本企業が採っている優先順位は、⑤増配→④自社株買い入れ消却→③コスト削減→②M&A→①設備投資、となっている。
なぜ、④増配や⑤自社株買い入れ消却が優先されるのか。それは、経営者から見て、ROEを上げるのに手っ取り早いからだ。増配や自社株買い入れ消却は、資金流出による財務の安全性低下に注意する必要があるものの、経営者がその気になれば、即座に実現する。それに対し、③コスト削減には従業員や仕入先の協力が、②M&Aには相手企業との同意が、①には顧客の支持が必要だ。いずれも相手のいる話で、経営者の一存で実現するわけではない。
短期の投資家からは④増配や⑤自社株買い入れ消却は歓迎されるが、長期投資家や企業にとって好ましいことではない。理論的には、もともと株主の持ち分である自己資本を企業の中に留めておくか(内部留保)、株主の手元に戻すのか(配当や自社株買い)、という置き場所の違いで、株主にとって損得のない話しだ。実際は、配当に所得税がかかるし、株主は受け取った配当金をどこかに投資しなければならないので、株主が配当を受け取ってその企業に再投資するより、内部留保をする方が効率的だ。
つまり、将来の成長機会がなく、資金を必要としない企業は、増配や自社株買いをするべきだ。しかし、成長余力があり、資金需要の大きい企業は、内部留保を優先するべきだ。得意気に増配・自社株買いを発表する企業は、「わが社には将来性がありません。株主の皆さんにお金をお返ししますので、もっと成長性の高い別の投資先を探してください」と白旗を揚げているに等しいのだ。
当期純利益を増やす方向でROE向上に取り組んでいる企業でも、安心はできない。高コスト体質の企業なら③コスト削減に取り組む必要があるが、リーマンショック後ずっと続けてきたことで、今後も増益の原動力になるとは思えない。また、近年流行している②M&Aも、たしかに売上高・利益は増えるが、適正価格で買収するなら株主にとっては損も得もない話しだ。遊んでいる資金の使い道としては有効だが、株主に価値をもたらすものでも、企業の構造・体質を変革するものでもない。
結局、いま日本企業に最も必要とされるのは、①設備投資による増収である。国内の既存事業を見ている限りなかなか投資先がないが、海外市場や新規事業に目を向ければ、いくらでも投資機会はある。簡単だからと言って②~⑤に向かうのではなく、自らイノベーションを起こし、成長機会を創り出すダイナミックな行動が求められる。
今求められるのは、①設備投資→②M&A→③コスト削減→④自社株買い入れ消却→⑤増配、という優先順位だ。ROE重視が間違った形で企業の意思決定に繋がらないよう、くれぐれも注意したいものである。
(日沖健、2015年4月6日)