近年、日本経済では、大黒柱だった製造業の多くが海外に移転してしまい、サービス業への期待が高まっている。海外からの観光客を取り込めるホテルや飲食店など、サービス業の成長が注目を集めている。
ただ、サービス業では、製造業と比べて生産性が低いことに加え、少子高齢化でサービス提供を担う若い働き手が減少していることが強い逆風だ。サービス業が日本経済の新たな大黒柱になるには、生産性の向上が喫緊の課題である。
諸外国と比較して日本のサービス業にはいくつか特徴があるが、良くも悪くも最大の特徴は、マニュアルを軽視していることだ。「アンチ・マニュアル経営」とでも言えようか。
アメリカでは、現場の従業員の人種・スキルレベルが多様なことから、従業員同士が助け合って作業を進めることが難しい。個々人の作業を効率化するために、マニュアル化を徹底している。ハンバーガーチェーンの挨拶に典型的に見るように、「こんなことまで?」という些細な動作・作業までマニュアル化する企業が多い。
これに対し日本のサービス業では、マニュアルを作成しない場合が多く、作成していても、最低限の決めごとや原理・原則が簡単に書かれているだけで、現場では活用されないことが多い。作業を進めて何かわからないことがあったら、マニュアルに当たるよりも上司や同僚に訊ねるのが普通だ。また、マニュアル通り正確に業務をこなすよりも、機転を利かしてマニュアルに書かれていないことをできる従業員が高く評価される。
サービスを提供する企業側だけでなく、利用する消費者もマニュアルに否定的だ。「おもてなし」に共感するのとは対照的に、マニュアルという言葉を聴いて、大半の国民は「人間味がない」「杓子定規でつまらない」といった悪印象を持つのではないだろうか。社会全体がマニュアルを忌み嫌っていると言えよう。
こうした「アンチ・マニュアル経営」によって、日本では、顧客の要望に合わせた質の高いサービスを提供し、大きな顧客満足を実現している企業が多い。一方、業務が合理化せず、生産性が低いため、サービスの価格は高く、従業員の賃金は低いままである。
ということで、「アンチ・マニュアル経営」は功罪両面があり、即座に良いとも悪いとも決められない。究極的には真心がこもったサービス、機転を利かしたサービスが理想であり、日本らしさを高めていくべきだという意見が有力だ。
ただし、サービス業の経営者は、現場で起きている現実を直視する必要がある。都内の居酒屋やコンビニエンスストアでは、外国人労働者なしではオペレーションが成り立たない状況だ。介護の現場では、生産性の低さが低賃金を招き、介護労働者を十分に確保できない危機的な状況になっている。「真心をこめよ」「機転を利かせ」などと理想論を言っている場合ではないのだ。いまは、サービスの劣化は一部にとどまっているが、若年労働者の減少で、これから加速度的に居酒屋・コンビニのような状況が広がっていくだろう。
サービス業の経営者は、従業員に真心・機転を説くことを封印し、まずしっかりしたマニュアルを作成し、徹底させる必要がある。教育訓練にも力を入れたい。そして、従業員がマニュアル通りにしっかり作業ができるようになったら、次の段階として真心・機転を要求するべきだ。マニュアル通りに作業できていないうちから真心・機転などと高望みするマネジャーを強く戒める必要がある。
旅行大手のHISは、この7月、ハウステンボス内にロボットが接客業務を担当する「変なホテル」を開業するという。あまりにも画期的で賛否両論があるが、サービスについて国民全体が考える良いきっかけになることは間違いない。個人的には、「人間にしか良いサービスを提供できない」という常識を覆し、サービスの生産性に革命をもたらしてほしいと願っている。
(日沖健、2015年3月2日)