近年のマネジメント研究においてちょっとしたブームとなっている研究対象が、ファミリービジネスである。ファミリービジネスというと聞き慣れないかもしれないが、要は同族経営の企業のことである。日本ではファミリービジネス学会という学会が設立され、本格的にファミリービジネスを研究する研究者が増えている。経済紙やビジネス誌でも、ファミリービジネスの成功事例を紹介する記事を最近よく目にする。
従来のマネジメント研究は、非同族経営の上場大企業を対象にしてきたが、世の中の大半の企業がファミリービジネスだ。ファミリービジネスの研究が進展し、日本経済が復活する起爆剤になることが期待されている。
機関投資家などが大株主である非同族経営の大企業と比較して、ファミリービジネスには大きく2つ利点がある。
一つは、経営者が迅速・果敢な意思決定をできることだ。ファミリービジネスではオーナー社長が強力な支配権を持っているので、他の株主や利害関係者に遠慮せず、自由に意思決定することができる。意思決定の明快さやスピードにおいて、ファミリービジネスには優位性がある。
もう一つ、時代・世代を超えて理念や組織文化が維持できることも、ファミリービジネスの特徴だ。どんな会社にも創業者の理念があるが、オーナー家がバックにいるファミリービジネスでは、理念がしっかり継承され、組織文化にまで高められている。強力な理念・文化によって、一貫した経営管理をできるし、従業員の帰属意識や顧客のブランドロイヤリティが高まる。
ファミリービジネスのこうした特徴は、日本企業が混迷する時代を勝ち抜く上で重要なカギとなる可能性がある。しかし、一部の研究者やマスコミが「ファミリービジネスが日本を救う!」「大企業はファミリービジネスを見習え!」と礼賛していることには、強い違和感を覚える。ファミリービジネスが発展することを祈念しつつも、ここでは最近のファミリービジネス礼賛に対し少し辛口のコメントをしよう。
まず、数で言うと日本でも世界でも、大半の企業がファミリービジネスなのだから、ファミリービジネスを礼賛するのは、企業を礼賛するのに等しく、ロジカルではない。優れたファミリービジネスもあるにはあるが、国税庁によると、日本国内の法人の7割が赤字で、大半のファミリービジネスはまったく酷い経営状態だ。例外的にうまく行っている事例を取り上げてファミリービジネス全体を礼賛するのは、かなり無理がある。
「ファミリービジネスの特徴を認識し、良い点を伸ばし、生かしていこう」というのは大いに結構だが、その場合も、ファミリービジネスの特徴が本当に利点と言えるのか、慎重に見極める必要がある。
ファミリービジネスでは、オーナー社長に対して他の少数株主や関係者がガバナンスを効かすことができないので、社長の意思決定はどうしても独善的になりやすい。迅速だが拙速な決定で、大失敗を犯すことが珍しくない。正確な統計こそないものの、上場大企業よりもファミリービジネスの方が、不祥事を起こす確率が高いはずだ。
ファミリービジネスは大半が赤字で収益性が低いだけでなく、成長性でも見劣りする。支配権を守るために上場しないので、十分な成長資金を調達できないという面もあるが、そもそも同族経営を維持して何とか存続することが目的化しており、成長を目指していない場合が多い。
また、同族経営は長期的視点で技術を育むことができるので、短期的な成果に捉われずイノベーションの創造に取り組むことができる、という擁護論があるが、これもどうか。実際には、硬直化した理念や文化で、イノベーションを抑圧しているファミリービジネスが多いのではないだろうか。
アップル、アマゾン、グーグルといったIT企業が世界を大きく変えたように、日本でも硬直化した大企業に代わって独創的な企業が生まれることが期待される。しかし、期待されているのは起業家が始めた小企業であって、小さいのに硬直化した伝統的なファミリービジネスではない。起業家が始めた小企業とファミリービジネスを混同してはならない。
何とか生きながらえているだけのファミリービジネスを誉めそやすのは、企業経営に対する期待・要求水準を下げ、非常に危険な議論ではないだろうか。
(日沖健、2015年2月23日)