原油価格の急落が世界を揺るがしている。指標銘柄のWTIは。7月には1バレル高値で107ドルだったのが、12月に50ドル台前半まで急落した。原油安で、ロシア・ベネズエラなど石油輸出収入に依存する資源国が財政危機・金融危機で破たんの危機に直面している。また、原油安は天の恵みであるはずの日本でも、原油安がインフレ率の低下をもたらし、日銀が10月末に追加金融緩和に追い込まれるなど、悪影響が及んでいる。今後事態がどう展開するか注目・懸念される。
ところで、原油安が進行する過程で、専門家はいくつか致命的な分析ミスを犯したように思える。
まず、今回の原油安の原因について、多くの専門家がOPEC陰謀説を唱えた。アメリカでシェールガスの生産が増え、OPECのシェアが低下傾向にあることから、OPECがシェールガス潰しのために意図的に減産を見送り、原油安を主導している、というものだ。
たしかに、今回の原油安は生産コストが高いシェールガスに大きな打撃を与えつつあるし、OPEC内部に原油価格下落を望む意見があるのも事実だ。ただ、昔と違ってOPECは一枚岩ではなく、シェールガス潰しという政治的野望よりも当座の収入確保に強い関心を持つ加盟国が多い。また、シェールガスの台頭は昨年に始まったことではなく、陰謀説では「なぜこの時期に?」という疑問を説明できない。
実際は、昨年半ばから、世界最大の石油消費国である中国を始め新興国の景気が減速し、石油需要が低迷したことが大きい。「需要低迷→価格低下」という、実に当たり前のシナリオが展開されたのだ。OPEC陰謀説は、世界の大事件を何でもユダヤ人に結び付けるユダヤ陰謀説と同じで、OPECが圧倒的な市場支配力を持っていた1980年代の記憶が抜け切らない、古いタイプの専門家の思い込みであろう。
また、多くの専門家は、原油安で資源国は一時的にダメージを受けるが、資源国は世界の小さな部分に過ぎず、世界全体では景気回復を加速させる、原油安は世界経済にとって良いことだ、という原油安歓迎論を主張した。
たしかに、数年の長い目で見れば、原油安は世界経済にプラスに働くかもしれない。また、1980年代までなら、仮に原油安で資源国が破たんしても、他の世界各国に大きな悪影響が及ぶことはなかっただろう。
しかし、原油安歓迎論は、今日、世界経済が繋がっているという現実を軽視している。投資のグルーバル化が進んだ今日、巨額の先進国のマネーが商品ファンドなどを通して資源国に流れ込んでいる。ロシアのような大国でなくても、資源国が破たんすれば、金融市場は連鎖反応で大混乱に陥るに違いない。原油安歓迎論者は、大阪府くらいの経済規模のギリシャが2009年に財政危機に陥ったとき、世界中が凍りついたことを忘れてしまったのだろうか。
原油安の原因と影響についてこれだけ致命的な分析ミスをしたとなると、心配なのは、今後の展開だ。
12月中旬以降、50ドル台前半で小康状態になっている(1月3日に52.7ドルの安値を付けたが)。それを受けて多くの専門家や投資家は、「原油安は、資源国に一時的に混乱をもたらしたが、2015年からは消費回復などプラスの効果が現れる」と楽観視している。
この楽観論の通りになることを祈りたいが、OPECの結束が失われた現状では、40ドルくらいになるまで本格的な減産はしないという有力な観測もある。原油価格が現在の水準で下げ止まり、資源国の危機、引いては世界の金融市場の混乱が回避されたと見るのは、時期尚早であろう。もう数カ月は、慎重に情勢を注視する必要がありそうだ。
今回の原油安を巡る専門家のコメント・分析を聞いて、因果関係を分析することの難しさを痛感する。ビジネスパーソン、とくに管理職の仕事は、ビジネスで起こる問題を解決することであり、問題解決のためには因果関係を正確に把握することが欠かせない。ところが私たちは、どうしても印象に残った事がらを中心にものを見てしまい、変化を幅広い視点から分析することができない。予期しない大きな変化に直面した時こそ、冷静沈着に、広い視点から因果関係を分析する必要がある。
(日沖健、2015年1月5日)