今年の日本における企業経営の一つの大きなトレンドが、ROE(Return On Equity、株主資本利益率=当期純利益÷自己資本)重視である。1月にROEなど収益性を重視して銘柄選定する新株式指数JPX400が導入された。アベノミクスの中でも、コーポレート・ガバナンスを改革し、ROEなど資本効率を上げることが謳われた。
アメリカでは、デュポンがROEを使った業績管理システムを1919年に導入している通り、1世紀前からROEが最重要の経営指標である。日本では、経常利益が1円でも出ていれば問題ないと誤解されてきたが、ここにきてようやく資本効率に対する意識が高まりつつあると言えよう。
日本企業は、史上最高益を更新しようかという現在でもROEは約8%と、諸外国の企業に比べて低水準にある。今後、経営者がROEを重視し、資本効率を意識した経営を展開するようになることを期待したい。
ただし、最近のROE重視の議論がかなり歪んだ方向に進んでいるのが気になるところだ。
機械大手のアマダは、3月決算の利益処分で当期純利益の半分を配当、残り半分を自社株買いに回し、当期純利益を100%株主配分した。アマダではすでに自己資本が大きく積み上がっており、株主配分を増やすことで自己資本の増加を抑制し、ROEを高めることを狙いとしている。
このアマダの資本政策を投資家は「英断だ!」と喝采し、発表した5月中旬以降アマダの株価は上昇した。さすがにアマダのように「100%」という例は少ないが、「アマダに続け」と株主配分を強化する企業が続出した。
しかし、利益を株主配分することが、企業にとって、株主にとって本当に良いことだろうか。
株主配分、とりわけ配当を増やすと、株主は、手元に現金が増えて何だか得をした気分になる。ただ、考えてみると、当期純利益は元々すべて株主のものであって、内部留保したら株主の所有物である会社という貯金箱に、株主配分をしたら株主の手元に移るだけだ。いずれであっても、お金の居場所が違うだけで、株主の所有物であることに変わりはない。ノーベル経済学賞を受賞したモジリアーニとミラーが明らかにしたように、取引コストや税金が存在しない世界では、株主配分は株主にとって損得のない話しなのだ。
では、取引コストや税金が存在する現実の世界ではどうか。一般に成長期にある企業は、事業拡大のために追加の資本を必要とする。企業が利益をいったん株主に配当し、それに対して法人税を課税され、残った資金を株主がさらに取引コストを掛けて企業に再投資するよりも、必要な資金を内部留保しておく方がはるかに効率的だ。実際に、マクドナルドやマイクロソフトは、創業から数十年に渡って急成長を続けた頃は無配で、成長が止まって資金が必要なくなってから配当を開始している。
つまり、成長企業にとって株主配分は、損得のない話しではなく、企業や株主にとって価値を減らしてしまう間違った選択なのだ。株主配分が意味を持つのは、資金の使い道がなくなった成熟企業である。成熟企業の場合、株主配分で株主に資金を返却し、別の成長企業に投資をしてもらうのが合理的だ。
アマダのような極端な株主配分は、経営陣が「わが社は将来もう成長する見込みがありません。使う当てのないお金は株主にお返ししますから、もっと別の優良企業に投資してください」と白旗を上げたことになる。アマダの経営状況を詳しく知らないものの、あっさり白旗を上げてしまった経営陣も情けないが、それを大喜びしている株主も大間抜けとしか言いようがない。
日本企業には、9月末現在で324兆円の内部留保があり、資本効率を上げることは喫緊の課題だ。ただ、株主配分によって分母の自己資本を減らし、技術的にROEを高めても仕方ない。まずは投資によって分子の当期純利益を増やすことができないのかを優先的に考える必要がある。株主配分を無邪気に喜んでいる場合ではないのだ。
(日沖健、2014年12月29日)