長く低迷が続くビジネス書出版にあって、今年ちょっとしたブームになったのは、一つは企業のビジネスモデルを解説する“ビジネスモデル本”、もう一つは“エリートを見習え本”である。
“エリートを見習え本”というのは、私の勝手な命名である。ゴールドマンサックスなど投資銀行やマッキンゼーなどコンサルティング・ファーム(以下、ファームと略す)に勤務するエリート・ビジネスマンが社内でどのような教育訓練を受けているのかを紹介し、「皆さんもエリートを見習い、頑張って勉強しましょう!」と読者を動機付けるビジネス書である。平等主義で、エリート嫌いの日本においてこういう本が流行るのは、興味深いところだ。
私はファームに勤務した経験はないのでエリートではないが、世界初のファームであるアーサー・D・リトル(1886年創業!)が経営するビジネススクールでMBAを取得したし、ファームに知人が多数いるので、ファームでどういう教育訓練が行われているのかだいたい知っている。その私の目から見て、ファームの教育訓練には、「凄い!」と思う点、参考になる点がいくつかある。
まず、大学を出たての新人コンサルタントに短期間で経営の基本知識を身に付けさせてしまうことだ。一流ファームだと、フルタイムのMBAで1年から1年半かけて学習することを、仕事をこなしながら半年くらいでマスターさせる。いくら頭が良い学生を採用していると言っても、ファームが効率的な教育訓練の仕組みを整えていることは間違いない。
もう一つ特筆すべきは、新人コンサルタントの問題分析能力を飛躍的に高めていることだ。コンサルティングとは、クライアント(顧客)の問題解決の支援である。ファームでは、問題に関する情報を効率的に収集し、原因をロジカルに分析し、解決策をわかりやすくクライアントに提示するスキルを、新人コンサルタントに徹底的に叩き込む。新人コンサルタントは、やはり短期間で問題を多面的かつ奥深く分析する能力を身に付けることができる。
経営知識と問題分析力は、日本のビジネスパーソン、とくに中間管理職に断然欠けているものだ。コンサルタントを見習ってしっかり勉強しましょう、というのはわかる気がする。
ただ、経営幹部はともかく、若手ビジネスパーソンが“エリートを見習え本”に書いてあることをそのまま実践すると、色々と不都合なことが起こる。
一般的な企業では、大学を出たての新人はかなりの長期間に渡って下働きが続き、職場で経営知識を活用する場面はほとんどない。せっかく経営知識を習得しても、50歳前後で事業部門長クラスになるまで、宝の持ち腐れになる。若手は仕事へのモチベーションを保てなくなり、「俺様の経営知識を生かせない会社は間違っている」と不満を持ち始める。
また、コンサルタント以外のビジネスパーソンがビジネスで成功する上で、経営知識と分析力は最重要のスキルというわけではない。若手なら基本的な技能、マネジャーならPDCAの実行力やコミュニケーション力が重要だ。プロフェッショナルとして成功するには、それぞれの分野の専門スキルがカギを握る。起業家として成功するには、リーダーシップや信念・覚悟がものを言う。分析力が決定的に重要なのは、コンサルタントやアナリストのような仕事に限られる。経営知識と分析力を高めるだけでは、たいてい「評論家みたいに頭でっかちで、役に立たないヤツ」という悲しい評価を受けてしまうのがオチだ。
経営知識と分析力それ自体は、非常に大切だ。ただ、ビジネスで成功するには、それで満足することなく、幅広いスキルを身に付ける必要がある。コンサルタントを大いに見習うべきだが、見習うだけでもいけないのだ。
(日沖健、2014年12月15日)