警笛を鳴らすのは誰か?

米格付け会社ムーディーズは1日、日本国債をAa3からA1に1段階格下げすると発表した。安倍政権が来年10月に予定されていた消費税増税を延期したことによって、財政再建が遠のいたというのが理由である。

すでに国の借金が1000兆円を超え、超高齢化で年金支出が膨張する一方、成長率が低下していく日本の状況を考えると、至極当然の措置だと言えよう。逆に、まだ格下げをしていない他の格付け機関、とくにR&Iなど国内格付け機関は、政府・財務省から圧力を受けているのではないかと勘繰ってしまう。

昨年4月の日銀による異次元の金融緩和以降、一部の市場関係者の間では、米国格付け機関による格下げが国債暴落の引き金を引くのでは?と囁かれていた。ところが、今回、格下げが現実になっても、市場にほとんど影響を与えなかった。

債券市場では、国債は暴落するどころか逆にわずかながら金利が低下した(債券価格は上昇)。株式市場は、まったく何ごともなかったように今年の高値を更新し続けている。為替市場も、1日午後に一瞬乱高下した以外はそれまでの円安の流れを継続している。今回の市場の反応は、「So what(それがどうした)?」の一言に尽きる。

市場が格下げに無反応だったのは、ひとえに日銀の異次元の金融緩和によるものだ。日銀が新発国債の7割を買い、既発債についても売りをすべて飲み込む勢いだ。株についても、下がったら日銀がすかさずETFを購入する。国債も株式も下がりようがない状況だ。

市場が持つ様々な機能の中でも重要なものに、価格形成を通した警告機能がある。今回のように増税延期で財政再建が困難になったら、危険を察知した投資家が国債を売却し、債券価格は下落(金利は上昇)する。この国債下落が政府・財務省に対し、「これ以上国債を増やしては危険ですよ、財政再建に本腰で取り組んでください」という強い警告となる。これが市場の本来の姿だ。

日銀が金融緩和を導入して以降、国債市場には日銀しか市場参加者がいなくなった。1人しか参加者がいない状態を市場とは言わないから、国債市場は事実上消滅したと言える。株式市場・為替市場も“官製相場”と揶揄されるいびつな価格形成になっている。日本の金融市場はすでに死に体で、警告機能を始め多くの機能が失われてしまった。

財務省は、今回の格下げについて「民間の格付けの内容に逐一コメントするのは差し控える」(広報部)と静観している。マスコミはあまり問題視していないが、実に嘆かわしい姿勢だと思う。

市場が機能不全に陥った状況で、海外の格付け会社は、残された数少ないwhistle blower(警笛を吹く人)だ。今こそ、格付け機関の評価に真摯に耳を傾けるべきではないだろうか。政府・日銀とタッグを組んで市場を破壊しておいて、さらに格付け機関の警告にも耳を貸さないというのは、何とも傲慢だ。

市場も格付け機関も政府・財務省・日銀の暴走に警鐘を鳴らせない状況で、まず期待したいのは、将来の財政破たんによって最も大きな影響を受けるわれわれ国民である。12月14日の衆院選で、国民が財政問題について意思表示をできないものだろうか。

残念ながら、自民党・公明党だけでなく、民主党以下すべての野党が増税延期に賛成で、財政再建に積極的な政党はない。辛うじて維新は、国会議員の定数削減を強く主張しているが、年金の引き下げなど国民の抵抗が強い抜本策には、他党と同じく及び腰だ。国民が財政問題について、今回の選挙で意思表示をすることは難しそうだ。

そこで、私が考える残された有効な方法は、ファーストリテイリングの柳井正氏やソフトバンクの孫正義氏といった著名な大富豪が海外に移住し、保有資産を海外へ移転することだ。2人が日本を見限り、他の富豪たちが資産防衛のために続々日本を脱出するとなると、尻に火が付いた政府・財務省は、大慌てで財政再建に着手することだろう。

非現実的かもしれないが、柳井氏や孫氏と面識ができたら、国家の将来を思って移住をしていただくようお願いしたいとまじめに考えている。

(日沖健、2014年12月8日)