先週10月1日、東海道新幹線が開通50周年を迎えた。1964年に世界初の高速鉄道システムとして営業を開始し、日本の大動脈として日本経済の発展を支えてきた。現在、利用客者数は1日42万人に達している。これだけ多数の乗客を提示に高速輸送して、半世紀に渡って人身事故など大事故がゼロというのは、日本の技術水準の高さを証明している。
技術面だけでなく、常識を覆す逆転のイノベーションという点でも、新幹線は世界に誇れる画期的な事例だと思う。
新幹線が旧・国鉄の社内で検討されるようになったのは、1956年のことである。今では想像できないが、当時、鉄道というのは「前近代的な、終わった乗り物」と世界的に認識されていた。
マーケティングの世界であまりも有名なレビットの「マーケティング近視眼(marketing myopia)」の議論は、鉄道業がなぜ凋落してしまったのかを分析している。
1830年代に普及し始めた鉄道は、1900年頃にはアメリカ全土に広がり、絶頂期を迎えた。しかし、レビットによると、鉄道会社は自らのドメイン(domain事業領域)を「鉄道業」と物理的定義で狭く捉えてしまったため、他の鉄道会社には対抗できたが、1910年代以降の自動車(T型フォードの発売は1908年)、1930年代以降の飛行機という新しい代替輸送手段には対抗できなかった。鉄道会社がドメインを「輸送業」と機能的定義で広く定義していれば、無様に落ちぶれることはなかった・・・。
レビットの指摘は、議論をかなり単純化しており、今日でも正否について議論があるところだ。ただ、いずれにせよ、レビットだけでなく、当時、鉄道への社会の期待は小さくなる一方だった。レールを走る鉄道は、可動性(mobility)で自動車に断然劣る。スピードでも、飛行機にはかなわない。将来的には、都市部を除いて飛行機や自動車に駆逐され、貨物輸送くらいにしか鉄道を使わなくなるだろう、という認識だった。
しかし、それは国土が広く、人口が地域に分散しているアメリカの常識であって、日本には必ずしも当てはまらない。国土が狭い日本では、乗降の手間などを考えると、飛行機のスピードがそれほど優位にならない。都市部に人口が集中しているので、可動性もそれほど大きなニーズではない。
つまり、大都市間を結んで高速化を進めれば、飛行機や自動車に十分に対抗できるのではないか、というのが新幹線の基本発想だった。そして、その読みは見事に当たったのである。
当時国鉄の中でどういう議論が行われたのか知る由もないが、こうした逆転の発想だったとしたら、大したものである。実態は、座して死を待つより、一か八かで高速化に賭けた、というところかもしれないが・・・。
新幹線の成功に見るように、イノベーションを生むためには、ビジネスの常識を疑う必要がある。回転寿司は、注文を受けて板前が寿司を握るという常識を覆した。カラオケは、伴奏はプロや流しの奏者がするものという常識を打ち破った。チキンラーメン(およびカップヌードル)が登場するまで、ラーメンは麺とスープを別に調理するというのが常識だった。
常識の中には、非常に合理的なものもあるが、一方、なんとなく信じているだけ、たまたま昔からそうしているだけ、という非合理なものも多い。もちろん、イノベーションのターゲットになるのは後者の方である。
近年、停滞する社会を発展させるイノベーションの重要性が叫ばれている。シュムペーターによると、イノベーションの本質は情報など経営資源の新たな結合だという。ただ、いくら情報をかき集めても、それだけではイノベーションは生まれない。常識を疑い、考える力があるかどうかが、勝負を決めるのである。
(日沖健、2014年10月6日)